第三巻

第171話

 神楽の君様は哀れな皇后様を思われた。

 皇后様は今上帝様の瞳に、あの神楽の君様の女の姿の、妖の精をご覧になられた。


 ……蒼輝は実に素直な者よ……


 思いは到底隠せない。


「蒼輝の思いが溢れ出ませぬ内に、お覚悟をお決めなさいませ」


 お母君様のお言葉が、脳裏に浮かぶ。


 ……確かに溢れ出したら止まらない……


 神楽の君様は都外れのお屋敷で、簀子の広縁に仰向けになられて天を仰ぎながら思われる。

 溢れた思いが瞳に映し出され、それを余りに思いが深いが為に、皇后様はお気づきになられてしまわれた。

 その思い人を激しく妬まれた皇后様は、徐々に内に邪をお持ちになられ、生き霊となられてを探し彷徨われた。

 そう……今上帝様が、真に思われる妖の精を……。

 生き霊となられて内裏を彷徨われ、嫉妬で狂われて行かれた。

 内裏などに存在しない、今上帝様のお相手を探し彷徨われて、お心を闇に拐われてしまわれた。

 生き霊となられたその阿修羅のごとき形相が、女房女官達を恐れさせ脅かされたのだ。

 あの純真無垢な、愛らしく可憐なる皇后様すらを、お変えになられる程の執着。


 ……に悲しきは、思いの深さである……


 神楽の君様はそのつぶらな瞳を、青々と高く広がる天に向けて呟かれる。


 ……お母君様がお持ちの……そして己が持つ〝思いの深さ〟は、鸞一族のみならず全ての生き物に、当てはめられる事柄であるのか……


 ……女となりて、主上の望みを叶えてもよい……


 そうも思われた。


 ……何せ母君様がこなされた事であるから、我が身とてできぬわけでは無い……

 ……愛する男の寵愛を、欲しいままにする后妃となる……


 だが、毎夜今上帝様と伴にお休みなられていては、いつまで経っても青龍を抱けし天子は誕生しない。

 つまり目的がある以上此処までだ。

 神楽の君様は、持ってお産まれの淡白さでお決めになられた。


 ……せせこましい決断よ……


 神楽の君様は苦笑される。


 ……主上を手放せぬとは……

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