第170話

「朱様?」


「……皇后と分かち合うても手離せぬとは……なんたる執着であろう?」


「私とて、お兄君様を此処に閉じ込められず、実に口惜しゅうございます。私とて女体の貴方様でもと、思い詰めましたものを……」


「そなたは可笑しいな。丸みのある女体の方がよかろうに?」


「私は貴方様の全てが、いいのでございます」


「……蒼輝よ。そなたの云う、私の私たる私……とは、摩訶不思議な事よ。私は私だ。ただの私よ、他には何も無い」


 今上帝様は女御神楽の君様を抱きしめられて、声をお出しになられて涙を流された。


「もはや貴様方を、から出したくはないのです。閉じ込めて側に置きたいのです……」


 神楽の君様は、肩を震わせてお泣きになられる、今上帝様の背に回した御手を優しく動かされて摩られた。


「そなたの生などじきである。それはぐに解る……」


「……それでも私は貴方様と居たいのです……ずっとずっと、居たいのでございます」


「それでも皇后を愛されよ。私が分け入れたを愛されよ。さすれば、私はそなたが皇后を抱いても我慢が致せる」


 肩を震わせてお泣きになられる今上帝様を、神楽の君様は愛おし気にお抱きになられた。



 翌朝早く神楽の君様は、全ての形跡を消されて内裏を出られた。

 陰陽博士から遣わされたちょっと残念な女官も、今上帝様から一心にご寵愛を頂いた、藤壺の女御様の存在は全て消えて、宮中の者達の記憶からも消え去った。

 その日の夕方、お眠りであられた皇后様がお目覚めになられた。

 暫くお眠りになられていた為、多少弱られた皇后様をお抱きになられて、今上帝様はおふたりで青月を愛でられた。

 お美しく逞しい今上帝様に、お抱きかかえ頂いた皇后様は、今上帝様のご自分にお向けになられる御心を、もはやお疑いになられる事はない。

 今上帝様のお胸にお顔をお沈めになられた皇后様は、嬉々とした幸せをお噛みしめになられている。



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