第169話

 神楽の君様は恋愛に不慣れな、それは純粋無垢なうぶなお方だ。のみならず、兎に角人間とは関わりなくお育ちゆえに、唯一の人間……弟君様に対する執着は、ご自分でご自覚がないだけで、お母君様のに匹敵される。

 そんな神楽の君様のご心中を量れる銀悌が、過剰なまでの先読みをして、進言しているのは当たり前……やはり流石というべきだ。


「私は貴方様の、情人にございますか?」


「さよう。もはや許しを頂いておるからな、そなたは私の伴侶である……だが、今生においてのみ、そなたを皇后と分け合うのだ……」


 今上帝様は大粒の涙を溢されて、愛しきお方を抱き締められた。


「如何して……如何してその様に、お慈悲深いのでございます……」


「致し方ない……私はそなたが望めば、女神となりうる神だからな……」


「何を……」


 今上帝様は、鼻を擦り合わされて微笑まれる。


「だが今生では素のままで過ごす……この女体とはお別れである」


「私は貴方様ならば、よいのでございます」


「さようか?丸みがあって膨らみがあった方が、良かろうに?」


「貴方様もさようにございますか?」


「私はその様な事は気に致さぬ、何せ鸞の者ゆえ……」


「ならば私は、貴方様の蒼輝にございます」


「さようか?ならば、永きに渡る生ゆえ、ゆるりと話し合おう……」


 抱擁されながら沈黙が続く。

 神楽の君様はその沈黙が不安となられて、今上帝様の背をポンポンと叩かれる。


「かつてそなたの恋心を、皇后に移す呪を施すつもりであった……」


 今上帝様は再び怪訝気に、神楽の君様をご覧になられた。


「巫女として参った時だ……だが上手くいかなんだ……いかなんだは、私が真から望んではおらぬかったからだ……私はあの折より、そなたを手放したくはなかったのだ。此度も女々しくも皇后に私の気を分け入れた」

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