第165話

「されど、に長く居られては、悪しきものとなりますぞ。悪霊となり戻っては来られぬ様になられます……明日は青月……月の光が青光り致す時、そして今上帝がご誕生の時の〝月〟にございます。その光に誘われお戻りを……」


 神楽の君様の白く細いおよびが、皇后様の頬を撫でつけられる。


「共に青月を愛でられませ。そして二度と今上帝の御心を、お疑ぐりなられますな。今上帝の瞳が映し出すは、そなたのその可憐なるお姿のみにございます。夢疑われませぬ様に……」


 神楽の君様はそう言われると、皇后様の桜の花弁の様なお唇に指を持っていかれ、ゆるりとお口をお開けになられた。

 そしてスゥーと唇をお近づけになられて、皇后様のお口に美しい桜色の息を吹き込まれた。

 微かな桜の花弁が、どこからともなく丸を描いて舞い降り、その円は、徐々にご寝所に広がってパッと粉々に散った。

 ……止まったが動き出す。

 苦々し気に睨め付けた女官は、誰も居ないご寝所で一人何かに威嚇しているが、自分自身何に威嚇しているのか解らずに唖然とする。

 ただ、長きに渡りお仕えする、愛おしき皇后様の御為に、何かに怒りと苛立ちを持って睨め付け、下手をすれば猫が威嚇して爪を振り翳す様に、己が身構えていた事だけは覚えていた。

 そして若き女房を、皇后様に仕えさる様に言われた……。

 はて?あの女房は如何しただろうか?


 女官はハタと考える。


 ……あれ?……


 藤壺の女御様にかしずいていた女房は、弘徽殿こうきでんひさしで唖然とした。

 あれは?……と思う。


 ……それはお美しく、この世のものとは思われなかったあのお方は、一体誰だったのだろう?……


 と……。

 お優しく快い声音で語られる、あのお方は……?

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