第164話

 女房は渡殿わたどのを歩きながら、女御様を見つめる。


弘徽殿こうきでんに、お越しにございますか?」


「うん……」


 女御様は他の女官女房をお連れにならず、女房だけをお連れになられる。

 もはや今上帝様のご寵愛を一身にお受けの女御様だ。それもかつて聞いた事も無いほどのご寵愛だ。誰も気に喰わない処があろうとも、決して口に出す事も顔に出す事も


 弘徽殿には簀子がなく、直に遣り戸から入る事ができて、西庇は細殿と呼ばれる女房達の居室となっている。

 当然の事ながら女御様がおいでになられると、女官がそれは苦いお顔を向けられた。

 皇后様の思いをお知りになられるから、長年お仕えの女官様は当然ながら、女房達すら今や一身に今上帝様のご寵愛を得ておいでの女御様に、良い感情は持ってはいない。

 眩ゆいばかりのお美しさの女御様を見ても、その瞳は冷やかで嘲りを放っている。


「貴女様が、如何様なるご用向きでございます?」


 それは顔容を歪めて問われた。


「皇后を見舞いに参ったのだ、そう厭な顔を致すな」


「何を……高々の女御の分際で……」


「高々の女御であるが、そなたに言われる筋合いはない」


 女御様は気後れなどするご様子を、女官にお向けになられない。女官はそのお美しさに後退りした。


の女房は気の利いた者よ。忘れずにシカと覚えておって、伴に皇后をお護り致せ」


「何を……?」


 瞬時、内裏の空気が全て止まった。


「皇后は、実に良き者達を得ておる……」


 女御神楽の君様は、時の流れを止めた弘徽殿の中にお入りになられて行き、御帳台みちょうだいにお眠りの皇后様を間近にお覗きになられた。


「哀れなる皇后よ、明日にはお目を覚まされませ」


 その可憐なる血の気のお失せになられた、白い頰を撫でられて言われた。


「今上帝が瞳に映すものを、さほどにお厭いか?生き霊となられる程か?」


 哀れなる皇后様を見つめられる神楽の君様の顔容は、それは慈愛に満ちておいでになられる。

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