第163話

 申しつけられた通りまだ若い女房は翌朝遅く、夜御殿よるのおとどに繋がる藤壺の上の御局みつぼに平伏して


「女御様……藤壺の女御様……」


 と御名をお呼びした。すると気怠さをお残しで、それは艶をも幾分にもお残しの、それはお美しい女御様がお出ましになられた。

 かなり御乱れのお姿に、頰を染めて女房は慌ててお側に寄って見繕いを正す。

 すると女御様は、しなやかな指を女房の肩に置いた。


「…………」


 女房が、より赤く頬を染めて仰ぎ見ると


「そなたはよい仕事を致すな?」


 可憐な唇を綻ばせて言われるその艶やかさに、同性ながら見入ってしまう程だ。

 寝間着ねまぎの上に小袿こうちぎをお掛けして、今上帝様がお使いになられる手輿で藤壺迄下がられた。

 この様な待遇は、かつての后妃様達すらお受けした事がないらしく、今上帝様のご寵愛の程が伺えられると噂されている。

 今上帝様のお目に留まられて、まださほどに経ってはおられないが、もはや摂政様のお耳にも、そのお噂は届いているはずだ。

 決してよく見られておられない事は、宮中の誰しもが知っているが、先達せんだって皇太后様がお出でになられ女御様を認められたので、今の処は誰も口出しされる事はできない。


 藤壺に下がられた女御様は、お気に入りの女房に身を清めさせると、春めいた重ね目の五衣に小袿を召されて、女房を連れ立って飛香舎ひぎょうしゃをお出になられた。

 此処内裏に来て知ったが、着る物や身の回りの物は、手慣れた女官女房が、女御様の威信にかけて見立てたりするから、全部纏めて任せておけばいい事だ。

 お妃様が、よく内裏で后妃をお務めであられたものだと、内心感心しておられた神楽の君様は、裏事情を知って納得された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る