第160話

 藤壺の女御様は、今宵もお召しのお支度をなされる。

 今日お語らいになられた女房が、畏くも身支度のお手伝いを許されたので、それは身を縮める様にしながらも、従来気の利く者の様で、それはソツなく動いて、手慣れた女房女官達に叱られる事もなくやり終えた。


「そなた藤壺ふじつぼうえ御局みつぼねを、存じておるか?」


「あーはい」


「今宵はそなたに、共をさせよとの事である」


「えっ?……でも、それは……」


「ご様子を見られて、女官としてくださるやもしれぬぞ?」


「えっ?」


「……それ程に、お力のあるお方という事です」


 女官はクスリと笑むと、強張りを見せる女房を一瞥した。


「……よいか?主上様は、藤壺の女御様とのは、全ての者をお下がらせになられる。もそうされたゆえ、そなたは女御様が夜御殿よるのおとどに召されるを確認したら、北廂きたびさしを下り藤壺に戻ってよい、そして翌朝遅くお迎えに参るのだ」


 女官は、それは意味有りげに言う。


「今上帝様は、後朝きぬぎぬの別れを惜しまれる。そして女御様は、なかなか起きて来られぬ程のお疲れだ。それは重々ご承知ゆえ、女御様だけをお残しになられて、夜御殿を出て行かれる……」


 女官はまだ年若いうぶな女房を、揶揄う様に顔を近づけた。


「今上帝様は、それはお激しいそうな……」


「えっ?」


 女房が仰ぎ見て赤面する。


「皇后様の折りは、淡白だという噂であったが……まだ幼い皇后様ゆえに、お気をつけておいでであられたのだろう……」


 女官が高笑いをして出て行くと、真っ赤になった女房が廂にしゃがみ込んで俯いた。


 ……あれ程にお美しいかのお方を、それはお美しい今上帝様が……


 まだまだ恋に恋しがちな乙女の女房は、艶やかな妄想でどんどん顔を赤らめて行っている。

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