第159話

「考えてもみなかった事である……」


 女御様が女房に視線をお落としになられた時に、部屋の他の女房が慌ててやって来た。


「皇太后様の、御成りでございます」


「何と?」


 女御にお化けの神楽の君様は、ずっとずっと我がお母君様を、おいといで過ごされておられる、皇太后様を思ってたじろがれた。


 ……そうだ、こんな事を致しておらば、いずれは対峙しなくてはならない事は明白だった。しまった……というより……ヤバい……の方が合っている。

 脇息を転がして立ち上がられた所に、皇太后様がお越しになられて、女御様をご覧になられるや否や、それは驚いたご表情を露わにされた。


「そなた……」


 皇太后様は、二つ色というかさねの色目で、それは美しい色調をお作りになられた御五衣おんいつつぎぬの上に、梅と桜の丸紋様の白地の御小袿おんこうちぎを召され春めいていらっしゃる。

 そして衵扇あこめおうぎを持たれて、開かれぬままに扇を御口元にお運びになられた。

 ずっとずっと厭い続けて来られた、お妃様を彷彿とおさせになられる、そのお美しさに皇太后様はお言葉をお忘れになられた。


「……そなたが藤壺の女御か?」


 神楽の君様もとい、女御様が何かを言おうとされた瞬間、皇太后様は


「よい」


 と一言お言いになられると、少しお足元をフラつかせられ、慌てて女官がお手を差し出した。


「……よい。はよい……」


 女官のお手を取るや、藤壺を後となされた。


 ……朱が今上帝を、全身全霊をかけてお護り致します……


 皇太后様は、憎んで来られたお妃様の言葉を思われる。


 ……全身全霊をかけて……


「……そう云うでもあるのか……」


 ……お護り致します……


 がエコーの様に、脳裏で響き渡る。


「ふっ……の致す事は、真に下衆よな……」


 大きく口を歪められて笑まれた。


「だが、嘘ではなさそうだ……」

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