第158話

 そんなこんなを思い浮かべて、女房はその形良い桃花の花弁の様な唇が動いて、優し気な音色を奏でられたのに気がついた。


「はい。内裏に馴染んでおられませぬ女御様のご面倒を見る者は、少しでも慣れた者がよかろうと……しかしながら、皇后様付きの者達はさすがに……」


「……で、そなたなのか?」


「申し訳ありません……皇后様付きの者達は、致し方無い事とは申せ、主上様が女御様をご寵愛されるのは……」


 女房は畏まって、正直過ぎる程に言う。

 さもあらん。女官の話しを聞いたが、余りに哀れなる皇后の思いだ。


「さようか?別段私に不自由は無いが……」


 藤壺の女御様は、脇息きょうそくに手を置きながら言われたが


「そなたも皇后様のお側の者であったな?皇后様は、御息災の砌には如何致しておいでてあられた?御臥せられる前は?」


 女房は心地よい女御様のお声に、うっとりするような表情を向ける。


「初夜の儀の前は、それは憂鬱気な日々をお過ごしでございましたが、後は主上様とはそれは睦まじくおありで、幸せそうでございましたが……」


「はて?その歯切れの悪い、尻切れトンボは如何した?」


「お側付きの女官様は、幸せ過ぎての事だとお諭しでしたが……。ある日から主上様の御目の中に、それは美しいものが存在すると……」


「ふっ……自分の事を申しておるのか?」


「いえ……ずっとそう御思いであられましたが、ある日違うと気づかれたそうで……」


「はっ……」


 女御様は、呆れるように笑われる。


「お側付きの女官様もその様にお笑いで……でも、私はそれを小耳に挟んだ時に、以前主上様を取り込もうと致した、妖の精の事が頭に浮かび、もしや陰陽博士が失敗られておいでではないかと……?」


「なんと?妖の精とな……」


 女と化けられておいでだが、実は神楽の君様であられる藤壺の女御様は、神妙なご表情をお浮かべになられた。

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