第149話

 怨霊の噂などが無ければ、それは勇猛果敢を自負する晨羅であるから、ビビるなどあり得ない事だが、怨霊の噂は内裏だけではなく、大内裏に迄も広まっている。

 髪の長い色の白い、それはそれは恨めし気な女が、シクシクと声を枯らして苦し気に夜な夜な泣いていると言う。

 そんな話しを耳にしていて、平気でいられる肝など持ち合わせてはいない。

 月も隠れる暗闇の中を、晨羅はそれこそ手燭てしょくなども許されずに、怪しげな女官をそれはそれは挙動不審に探している。

 するとブツブツと声が聞こえて来た。そして偶に笑い声などが混じり、それはそれは不気味だ。

 そちらに目を向けると、チラチラと手燭の火が揺れている。


「おっ?いたか?」


 ホッとするやら怖いやら……何とも言えない感情が溢れて、鳥肌が立ち変な汗も冷たい。

 すると手燭が、ユラユラと揺れて近づいて来た。


「怨霊はいたか?」


 蒼白な顔の晨羅が声をかけると


「ふっ……」


 と女官は笑いを洩らした。

 そして手燭に照らし出された顔を、マジマジと見つめる。

 確かに人間であるかと確認する様に見入って、そこで晨羅はしみじみと思ってしまう。


 ……どう見たところで好き好きはあるだろうが、決して美人ではない……


 主上様の御心持ちを、深くお読みして涙が浮かんでしまう。


「何用にございます?」


 当然の事だが女官が聞いた。


「そなたを召されておいでだ」


「は?どなたが?」


「主上様だ」


「主上様?ご覧になられたのでございますか?」


「いや、そなたが妙な事をしておるから、処をお尋ねになられるのだろう?」


「…………」


「皇后様のお為にやっておるのだろう?夫として、お聞きになられるおつもりであろう……」


「こんな夜半にでございますか?」


「そなたが、こんな夜半にからだろう?」




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