第146話

 ここ数日今上帝様は、お忍びで神楽の君様のお屋敷に赴かれてお出でだが、お屋敷には誰も居るご様子はない。

 銀悌黄砂をお連れで、神山に赴かれたのかと、それは落胆されて帰って来られた。


 哀れなる皇后様はずっと眠っておられ、陰陽寮と修法すほうの加持祈祷で弱る事もなく、やつれる事もなく寝ておられるが、何時迄も続かぬだろうと医師くすしが心配をして、今上帝様の乳兄弟の晨羅にご注進する。大臣や公卿様達が隠れて、画策をしているという噂まで晨羅の耳に入る。

 どんな画策だ……。皇后様の後釜の后妃様の話しか、皇后様亡き後の皇后様の話しか……。どちらかを取っても、胸糞の悪い事柄だ。

 修法師は全力を挙げて加持祈祷をしているし、神降ろしの巫女は神の言葉を告げる。

 皇后様の為にできうる事をしている。しているが……。

 毎日毎日、弘徽殿こうきでんに眠り続けている皇后様のお顔を、今上帝様はご覧になられに出向かれておられる。

 お兄君様が、思ってやれと、お申し付けになられたから……。

 愛おしんでやれ、と仰せになられたから……。

 だから毎日毎日、我が身同様に哀れなる皇后様を見舞われておられる。


く目覚めよ……」


 とお声をお掛けになられ、可憐に桜色に差しておられた、今は色を失したその頰をお撫でになられる。




「はあ……」


 主上様は大きくため息を吐かれ、清涼殿のご寝所に向かわれる簀子縁で立ち止まられた。


「晨羅よ、あそこに見える火は何だ?」


「火でございますか?」


「ほら、あそこだあそこ……」


「何処でございます?」


 殿舎に吊るされた、燈篭が揺れている。

 それを仰せになられておいでなのか……。

 すると微かに火がゆらゆらと揺れて、近づいて来る事に気がついた。


 ……こんな夜半に何だ?……


 晨羅は最近女房達が噂をしている、怨霊の話しを思い出して顔面を蒼白と化した。

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