第142話

 それ程までに皇后様は、今上帝様を思ってお育ちになられた。

 そして決して持ってはならぬ、抱いてはならぬをご承知でお育ちになられた。

 それは今上帝様の御心を頂くという、ただそれだけの願いだ。

 愛し愛される喜びを知ることであったが、幼き頃より叔母であられる皇太后様より、は得られぬ事を、とくとくと言い聞かされてお育ちであったが為に、決してご希望を持たれぬ様にされておられた。

 それが如何した事だろう。

 陰陽寮の陰陽博士の琴晴様が、今上帝様に禊ぎの儀を施すやいなや、あれ程お厭われの今上帝様が、あっさりと初夜の儀をご承諾くだされ、それどころか皇后様が、ご期待をお捨てになられていたお言葉を頂き、それは夢にも思わない程の嬉々とするお言葉であられた。

 そして奇跡の様に、ご夫婦の絆をお深めくだされた。

 これはもはや、陰陽寮の陰陽博士様の神懸かりなる……いやいや、あやかしならぬおかもしれぬ、と思い込んでいる。

 有り難き陰陽博士はこの女官にとっては、奇跡を起こす救世主となっているから、その陰陽博士が再び送り入れた女官であらば、あの巫女同様に奇跡の産物であろうと思い当たられたのだ。


「そなた安倍様の?………」


 女官は目で、女官神楽の君様に問われる。


 ……またまた、幸福の使いか?……


 に全く疎い神楽の君様は、女官の意図を察する事などおできになられず、愛想笑いをお浮かべになられて頷かれる。


「まあ?なんと?陰陽博士様の?……そうかそうか、有り難い事じゃ」


 と女官は、さすがの神楽の君様も、吃驚する程の歓喜の声を上げた。


「……ならば、この皇后様のご様子をお心懸けくだされ、そなたを差し遣わされたわけですね?」


「はい」


 ご正直な神楽の君様は、それはそれは明るい笑顔を、お作りになられて頷かれた。

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