第118話

 そして入浴潔斎にゅうよくけっさいの儀……。

 湯殿で女官や巫女が衣を脱がせて、そして全身の隅々まで洗い清められた。


「主上様にどこをお触り頂いてもよろしい様に、お清め頂きます……」


 皇后様は巫女の言葉に、始めて実感をお持ちになられた。


 ……今のように、かのお方が同じ事をされるのだろうか?……


 幼き頃から教え込まれて来た事だが、本当のところは解らない。


 ……本当のところは解らない……


 皇后様は、頰を桜色に染められて俯かれた。

 その初々しく愛らしいご反応に、女房と巫女は思わず見惚れてしまった。


 ……なんとも今上帝様はお幸せなお方よ……


 と、そこに居合わせた者達は、心底そう思ったのだ。


 入浴潔斎の儀を終えると、初夜装束に着替えさせられ、主上様の待つご寝所に促され、枢戸くるるどを開けられて中に入ると、女官は頭を垂れて後退りして下がった。

 初めて入る主上様のご寝所に、皇后様は激しい鼓動とお喜びを持たれた。

 この内裏で主上様御自ら召されるは我が身しかない、と思う事を許される喜びはきっとこの広い宮中で解る者は一人もいない。

 御帳台みちょうだいとばりを上げて、同じ初夜装束を着られた、それは見惚れるばかりの主上様がお迎え下される。

 部屋の隅に見慣れた男女一組が、事の全てを見届ける介添人として座している。

 妻である皇后様の年の数だけの白餅を四枚の銀盤に乗せて、寝床に用意されてある物をお一つずつ手に取られると、主上様は皇后様を覗き込まれる様にされて、その桜の花弁のような口元に持って行かれた。


「…………」


 皇后様が緊張で強張った顔容かんばせを、お向けになられた。


「これを食べよ……」


 今まで一度もお向けくださった事がない、それは優しい笑顔をお向けくださって言われた。


「はい……」


 皇后様は小さくお口を開かれると、主上様がお持ちの白餅を入れられる。

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