第117話

 あの日……。

 初夜の儀の朝は、その前の晩から……。

 いや違う。

 ずっと今上帝様の体調不良で滞っていた、初夜の儀が行われると知った日から、皇后様は眠れぬ夜をお過ごしだった……。

 幼い頃より側に在り、ずっとずっとお慕い続けて来た我が夫。

 さほど優しくお声をお掛けくださる事も無く、一度たりとてお優しい眼差しなどお向けくだされた事もない。けれど、妻として決して否定をされる事も無く、何かの折にはお側には置いてくださる。

 ただそれだけで幸せで、ただそれだけで御文の書き方を手習いして、いつか必ずや訪れる後朝きぬぎぬの文を楽しみとして生きて来られた。

 その日……。

 朝から仕う女房達は忙しげだった。

 喜びに溢れんばかりの主人を察してか、女房達も喜びに満ちた働きぶりであった。

 厳かに進められる儀式は通常結婚の儀式である、宮中三殿の賢所かしこどころで行われる賢所大前の儀や親と子が杯を交わす朝見の儀などを滞りなく済ませた後、初夜を迎える為の準備となる入浴潔斎にゅうよくけっさいの儀を経て行われるものだが、何せ皇后様のお父君様であられる摂政様が、幼いお二人にご結婚の儀式を早々に執り行わされたが為に、当然の事ながら〝初夜の儀〟だけは執り行われなかった……というか、おできになられなかった。

 摂政様としてみればできるものなら、おさせしたかったであろうが、さすがにそれはな程のお年に、結婚を強いる形であったと言うべきだ。

 ゆえに今上帝様はゴネにゴネ。

 皇后様は夢に見られる程に、恋い焦がれられたのである。

 なんとも罪深きは、欲を隠せぬ大人の業というものである。

 そして哀しきは、それらに振り回される純なる御子様方である。

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