皇后様ご惑乱

一巻

第116話

 ……主上様はお優しい……


 皇后様は櫻の柄の脇息きょうそくに、おもたれになられながら、夢心地に昨夜の事を思い出されては、その可憐で愛らしい頰を、桜色に染めておられる。

 いつも主上様は、逞しいお躰を重ねられる時に


「皇后よ、すまぬ……」


 と、それは苦しげな表情をなされて、耳元で囁かれる。

 その声音がお優しくて、思わず皇后様は目をお閉じになられて、甘美の中で主上様をお迎えになられる。


 皇后様はご誕生の砌より、主上様の妻だ。

 ご誕生なされて直ぐに、皇后様に立せられ皇后様となられた。皇后様になられるが為、主上様の妻となられるが為に、この世にご誕生なされたお方だ。

 つまり主上様の為にお産まれになられ、主上様の為にご成長なられた。

 主上様だけを見て、主上様だけを支えに生きておられる。

 最近大人の証が参られ、主上様とは真のご夫婦となられたが、証が参られる以前より主上様がお召しになられた時の為に、妻としての務めのノウハウを、女官や女房達お母君様から親戚縁者の妻達から、それはそれはご教育をお受けになられた、ご才女であられ耳年増でもあられる。

 有り難くも皇后様しかお求めになられぬ、主上様を飽きさせぬ為に……。

 幼さのお残りになられる皇后様は、それは可憐で可愛いらしく愛らしくおありだ。

 昨今の女官女房のみならず、高貴な姫から下賤なる娘達まで夢中となっている、宮中を舞台とした草子に描かれる帝に、主上様が酷似しておいでで、初夜の儀が決まってからというもの、眠れぬ程にお胸をお苦しめになられた。


 ……ずっとずっとあのお方の妻であったが、真の妻……あのお方の〝もの〟となれる……


 その嬉しさはたぶん、誰にも解りはしないだろう。

 あの時の甘美な喜びは、仮令見届け役の縁者達が固唾を飲んで、若きお二人の秘め事を隣の部屋で見届けておろうとも、決して理解できようはずはない。

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