第113話

「お兄君様!」


 母屋もやに入ると今上帝様は、神楽の君様を認められてかいなを強く握りしめられた。


「おっ主上?如何致したのだ、こんな夜半に」


 神楽の君様はそれは呑気に、銀悌がこさえた酒を注ぎ入れた盃を手にして、今上帝様を見て言われた。


「また、酒をお飲みで?陰陽博士とも仲がおよろしい様で」


「あー琴晴か?」


 神楽の君様が御名を発せられると、主上様はそれは酷く顔容かんばせを歪まされた。


「……は不思議と、気に入っておる」


 神楽の君様はグィッと飲み干されると、盃を今上帝様に手渡された。


「まぁ一献いっこん如何か?」


 今上帝様は唇をきつく噛みしめる様になさりながら、盃になみなみと注がれるを黙って見つめられる。


「お兄君様は、がお好きでございますか?」


「琴晴か?あれは良いな……うん。好きである」


 ギリッと、今上帝様の口元から音がした。と同時に瓶子へいしを持たれる、神楽の君様の御手を掴まれる。


「あの者はなりません」


「何故だ?はいろいろと、使える男だぞ。此度の流行病も、押し留めたであろう?」


はお兄君様が、に手柄を立てさせたのでございましょう?」


「おっ?そうであった。だがやったのはアヤツだぞ?私は神山の薬草を、採りに連れて行ってやっただけだ」


「何故ゆえ、神山にあの者をお連れになられます?」


「何故ゆえ?特効となる薬草が、神山の神泉にしか無いからだ」


「あそこは……あそこはなりませぬ」


「主上よ、そなたの言っておる事が解らぬ?」


「……解らぬ……のではありません。解らぬをなされておいでなのです……いつも貴方様はそうなのです……何時も何時も……私の事はご存知の癖に……」


 今上帝様は神楽の君様の御手を、きつくきつく握りしめられると、それは辛そうに苦しげに、顔容を歪めて大粒の涙を溢された。

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