第95話

 神楽の君様はそれは涼やかなお顔をなされて、暫しの間琴晴の回復をお待ちくだされている。

 その間、馬どもはどうするのかと思えば、さっさといななきを残して天に昇って行ってしまった。


「…………」


 茫然自失の琴晴は、鼻で笑って駆け行く白馬と栗毛色を見送る術しか知らない。


「気に致すな……あ奴らはああいったもの達なのだ」


「神楽の君様も、お気扱きあつかいでございますね?」


「はて?あ奴らはああいった塩梅だが、気のいい奴らであるから、そなたが案ずる程に気苦労は無い……まっ、銀悌がソツなく致すゆえ、私は呑気にできるのやもしれぬが……」


 穏やかに笑われると、地べたにヘタレている琴晴に右手を差し出してくださる。

 琴晴はそれを見て、徐ろに手を差し出すとクッと引き上げてくだされた。


「さすが神楽の君様にございます」


「琴晴よ。も少し体力をつけねば、調伏ちょうぶくなど致せぬぞ……よくそれで陰陽師でいられたものよ」


「いやいや神楽の君様。私とて調伏は致しておりますし、ヘマは致した事がございません。ただ馬は初めてでして……それもひとかたならぬものでございます、さすがに無理と思し召しください」


 やっとこさ立ち上がって、平然としておいでの神楽の君様に、頭を垂れて言った。


「ふーん?そんなものか?……では、暫し歩くが頑張れよ」


「はっ?」


 神楽の君様は茫然自失の琴晴を尻目に、それはお美しい微笑みを作られて歩を進められて言われた。


 今日も今日とて、色合いが多少違う朱色の狩衣かりぎぬ姿の神楽の君様は、それは御身軽く歩んで行かれる。

 それに反してもはや限界に近い、水色がかった白の衣に烏帽子姿の琴晴は、追いかけて行く力さえ残ってはいない体たらく……一歩また一歩と、ガクガクと力の入らない足を精一杯前に差し出して歩く。

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