第96話

 余りに必死に歩いて来たので、神山と云う尊いお山の景色など、到底見る余裕もなく歩いて来たが、どうにか足もしっかりと地につき、力も入る頃となって初めて、木々には満開の花々が咲き、足元には小さく可憐な花々が咲いている事に気がついた。


「これは……」


 余りの美しさに見惚れて歩いていると先の方で、泉を一心に覗いておられる神楽の君様のお姿を見つけた。


「神楽の君様……」


 しかし神楽の君様は、琴晴の声もお耳に入らぬご様子で、泉を覗き込まれておいでだ。


「神楽の君様?」


 琴晴は畏くも貴きお方ながら、ソッとお腕に触れて再び御名を呼んだ。


「神楽の君様?」


「あっ?……琴晴……頑張ったな……」


 お気がつかれた神楽の君様は、それは美しい顔容かんばせを蒼白くされて、少し口元を震えさせられておいでだ。


「い、如何なさいましたか?」


「あーいや、私も少しはしゃぎ過ぎたか、ここへ来て少し心地があしくなった……」


「それは……」


 回復した琴晴とは反して、今度は神楽の君様が不調となられたか……。

 心配して神楽の君様を覗き見た瞬間、泉に映し出された映像を視界に入れたが、それは一瞬にして掻き消えた。

 琴晴は神楽の君様を支えて、神楽の君様がお気に入りの、四阿あずまやへ移動してご気分がお悪そうな神楽の君様をお休み頂く。


「お心地は如何でございます?」


「ああ……大事ない……」


「先程泉に……」


「ああ、あの泉は覗いた者の、今見たいものを映し出すのだ。そなたが覗けば、今気に掛けているものが映し出されるぞ、遥か遠方であってもな……現在いまの状況が泉に映し出されるのだ」


「……さようでございますか?」


「だが、あの泉は我らにはただの泉だが、そなた達人間を呑み込む泉であるから、覗き込む時には気をつけよ。落ちたら助からん」


「その様な泉でございますか?摩訶不思議な?」


「此処は神の山だからな……そなた達には解らぬ事が数多とある」

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