第94話

 ところがいざ走り出してみると何の事はない、白馬は神楽の君様を背にお乗せすると何ともだらしのない顔を作って、それは嬉しそうに言う事を聞いている。

 それとは違い、栗毛色はそれは不満気な表情を崩さぬまま、


「陰陽師よ、もう少し上手くなれ」


 何回となく愚痴を繰り返す。


「以前乗せた今上帝の従者は、それは上手い者であったが、そなたはかなり鈍臭過ぎる」


 琴晴は下手くそなりに一生懸命なのだが、栗毛色にはその気持ちが全く伝わらない様だ。

 第一何回も回想しているが、琴晴は高貴な身分の父に顧みられなかったから、そんなに立派な育ち方はしていないし。陰陽博士の学生がくしょうだって学ぶのに精一杯だったし、お師匠様のお世話とかにも忙しかった。それだけでも大変なのに、人間以外のもの達からのコンタクトもあったから、いろいろと忙しく生きて来たのだ。悠長に馬の乗り方など習っている暇など、毛頭なかったというのが真実ほんとうだ。

 確かに高々の人間だが、馬の何なのかさっぱりと分からんやつ等に、ここまでコケにされる覚えは無い!……と言いたいところだが、とにかく栗毛色に跨っているのが精一杯だから、ガクガクと揺さぶられて、言い返す事などできようはずも無いままに神山の麓に辿り着いた。


「どうだ早かろう?」


 全身ガクガク状態でしがみつく琴晴に、栗毛色はドヤ顔を作って言った。


「うんうん……」


 早い。とにかくアッと言う間……。気絶する前に着いてしまった。

 何にしても気絶一歩手前の琴晴は、頷く事しかできずに栗毛色の背でクタっている。


「大事ないか?琴晴?」


「あっ……いや……暫しのご猶予を……」


 とか甘えた事を言っていたら、ドサリと栗毛色に落とされてしまった。


「甘えんじゃねぇよ……さっさとしな」


「……………」


 琴晴は、大神様の大神様たる大神様の懐の深さに感服する。

 こんな奴らを従えておられるとは、何と懐の深い慈愛深い凄いお方だろう。

 琴晴ならば、即刻その日の夕餉に食っている。

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