第91話

 さて、太平の世でも流行病いというものは流行る。

 この国ではそれを、鬼の所業や厄病神の仕業にしたり、魑魅魍魎ちみもうりょうの所為にしたりして、陰陽寮はそれは忙しくなるのだが、安倍琴晴は全くもって、何処をどうしてそんなものの所為にするのか、の所が合点がいかない。

 生まれた時から不思議なもの達は見えるし感じるから、陰陽博士の元で学生がくしょうとして学んだが、それでも全く持って納得がいかない。

 琴晴が思い至るは人知の及ばぬ領域を、普通の人間には形として見えないもの達に、只々濡れ衣を着せているというか、転嫁しているというか、なすりつけているとしか思えないのだ。

 どう見ても、鬼や厄病神や魑魅魍魎達の仕業では無いだろう?

 病が蔓延してから奴らは出て来るが、決して奴らが起こす事では無いからだ。

 内側から喰らう事はあっても、伝染したりはしようがないから蔓延はしない。

 そんな鬱仏とした愚痴を、最近はなぜか親しくさせて頂きだした、神楽の君様の屋敷で美味い酒など頂きながら、これも最近出世したお陰で手に入る様になった、美味いつまみなどを持参して愚痴るのだが、神楽の君様はほろ酔い気分で、それは可愛いらしく頰を染められて聞いておられる。


「君様も、存知たる事にございましょう?」


 琴晴は酔っ払い特有の、同じ事を繰り返し言い続けている。


「うんうん……解る解る……」


 神楽の君様も同様に繰り返し頷かれる。


「何が調伏ちょうぶくぞ!何もせぬもの達にする事か?」


「そうだそうだ……」


 神楽の君様はひさし脇息きょうそくを持ち出して、片肘をつかれて朱の盃を飲み干されながら相槌を打たれる。


「全く……人間という輩は……類たる我が身が悲しくなります」


 琴晴もグイっと飲み干して吐き捨てた。


「そうだそうだ……」


 神楽の君様が、夜空に赤く輝く眉月を仰ぎ見られて言われた。

 そのお姿に琴晴は釘付けとなった。

 天の眉月と神楽の君様の眉の形がそっくりで、なんと美しい事だろう。

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