第85話

 御簾みすの中に入ると、繧繝縁うんげんべりと高麗縁の畳の上に龍鬢地りゅうびんぢしきしとねを重ねて対座する様に置いてあり、その間に足打ち折敷おしきの上に瓶子へいしに入った孤族秘伝の酒と朱塗りの盃が置かれてある。

 それを認められた神楽の君様は、今上帝様のお手を放されて、下座の高麗縁の畳に座され瓶子を持たれて、立ち尽くされる今上帝様を仰ぎ見られて手招きされる。


「銀悌が拵えた、眷属個々に伝わる秘伝の酒でございます。実に上物でございますれば、主上にも差し上げたいと常々思っておりました」


「私に……でございますか?」


 酒を盃に注ぎ入れる神楽の君様を見つめられて、今上帝様は嬉しそうに上座の繧繝縁の畳にお座りになられ、神楽の君様がそれは可憐に、笑顔をお向けになられながら差し出される盃を取られた。


「神山の神泉の水でこさえた酒ゆえ、幾らでもいけますぞ」


 なんとも笑顔がお可愛い。

 今上帝様は酒を一気にお飲みになられて、神楽の君様のお手を再び持たれた。


「お兄君様、わざとされておいでにございますか?」


「はて?」


 今上帝様は神楽の君様のお手をお持ちのまま、足打ち折敷を横に押しやられ、グッと神楽の君様のお手を引かれて、そのままかいなで抱きすくめられた。


「焦らすはおやめください」


「焦らす?主上よ……私はそなたの言う意味を解せないのだが?」


「何を恍けておいでにございますか?」


 今上帝様は、抱かれておいでの神楽の君様を覗き込まれ、緩やかにお顔をお近づけになられる。神楽の君様は身動きされるもままならずに、大人しくお受けになられた。

 暫し時が止まって、お二方の熱い抱擁が繰り返される。


「主上よ……」


 一息おつきになられる様に、神楽の君様は今上帝様を見つめられて言われる。


「そなたが急に参ったゆえ、私は女ではない」


「はい。存じております、お兄君様……」

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