第84話

「息災そうで何より……」


「あ、有り難きお言葉でございます」


 黄砂は慌てて平伏そうとして、神楽の君様にきつく睨まれ躊躇して、師の銀悌にお伺いを視線で立てる。

 すると銀悌も顔を横に振ったので、黄砂は頭を垂れて片膝をついて腰を落とした。

 これは神使が、眷属神や神々様にお目もじ頂いた時にする礼だ。

 銀悌は頭を垂れたまま立っている。


「お兄君様に従ってようございました……気色きしょくも快く幸せそうでございます」


「ふふ……黄砂はなかなか良い従者である」


「さようで?」


 今上帝様はそう言われると、神楽の君様のお顔をお覗きになられた。


「今日は如何なご用で……」


 無頓着な神楽の君様が、覗かれる今上帝様を見つめて問われるが


「お兄君様、中で緩りと話しとうございます」


 全てを言い終わらぬ内に、今上帝様はお言葉をおかけになられる。


「あー」


 神楽の君様は、銀悌を一瞥して今上帝様を見つめられる。


「これはお許しください。母屋もやにまいりましょう」


 今上帝様は嬉しいそうに、神楽の君様のお手を取ったまま歩を進められた。


「銀悌さん、急なお出ましに母屋のお支度は整いましょうか?」


 お二人の仲睦まじいお姿をお見送りしながら、黄砂が師匠にお伺いを立てる。


「それは抜かり無い……それよりも、我らは暫し座を外すが肝要であろう。なっ?晨羅殿」


 銀悌がしたり顏で晨羅を見ると、晨羅は大きく頷いて二人を見た。


「賢明でございます」


「……であろう?最近、対屋たいのやを増築致しました」


「今更でございますな」


「はい……我らが住居は別棟がいいかと……」


「それは……」


 晨羅は至極真顔の銀悌を見て、緩む顔面を引き締めるのに必死だ。


「賢明かと存じます」


 我慢できずに笑いを漏らして、頭を垂れながら銀悌と黄砂の後に従った。

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