第79話

「何を……高々の女御が、皇女にしか使われなんだ〝妃〟などと……傍腹かたはらが痛いわ」


「さようにございましたか?私は現世には甚だ疎いものゆえ、知らぬ事とは申せお許しくださいませ。上皇様がお呼びくださるものですから、それで良いと思うておりました」


「はっ、そなたがその甘えた声で、上皇様に乞うたのであろう?なんとも下衆な生き物よ……」


 皇太后様は、紫檀に螺鈿らでん蒔絵の装飾が施された脇息きょうそくに肘をつかれ、衵扇あこめおうぎで笑い顔を隠されておられる。


「上皇様がのですから、致し方ございません」


 お妃様も負けじと衵扇を広げて、口元にお当てになられた。


「ふん。いつまで経っても忌々しい……」


「さようにございますか?」


 上皇様を挟んで退っ引きなられぬお二方が、睨め付け合われる。

 もうお付きの者達は恐々として、局に下がってしまった。



 お二人だけになられた皇太后様とお妃様は、同時に視線を逸らされた。


「此度もさかしらする者よ」


「何を仰せで?此度もいつも、私も上皇様も今上帝の事のみを、思っておりますのに?」


「はっ?これ以上摂政に力を付けさせて、如何いたすと申すのです」


 投げやりなお言葉を放たれる。


「皇太后様……。恐れながら、摂政は青龍を抱きし者にございます」


「なんと?」


 皇太后様は衵扇あこめおうぎを下におろして、お妃様を凝視される。


「残念ながら今上帝は、抱くは適いませぬ」


「……………」


「皇太后様、青龍は龍の中でも、最も強大なる力を持つもの。また、力を欲するのでも有名でございます。ゆえに貴女様のお兄君様は、摂政の地位を望み手に入れ、なおもそれ以上の権力を望むのです」


「それが皇后に親王を得る事なのか?」


「……そして、その強大な力により、その野望は叶えられましょう……摂政は外祖父となりて、天下を意のままと致すのです」


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