第78話

 さて今上帝様のご体調はすこぶる良く、散々、医師くすしと陰陽師をお悩ませになられたとは思えない程だ。

 そんなある日後院のお妃様が、内裏の皇太后様の元にお越しになられたので、皇太后様つきの女房や女官達は大わらわだ。

 何せ皇太后様は今でも上皇様のお心を捉えておいでの、人間では無いお妃様に敵意を持たれておいでだ。

 そのお妃様がお越しとなれば、皇太后様のお心内をお察しできる、皇太后様つきの者達は気が休まるはずはない

 いつ皇太后様のお怒りが何処に落とされる事かと、ピリピリビクビクとするのは当然の事だ。


「お久方ぶりにございます」


 内裏にお越しになられたお妃様は、和やかな笑みを浮かべてお言いになられる。

 繧繝縁うんげんべりの畳の上にしとねを敷いて座す皇太后様は、中青なかあお御単おんひとえの上に中蘇芳なかすおう御袿おんうちき、その上に淡蘇芳うすすおうの御袿を二枚に重ね、その上に淡黄たんこうの御袿を二枚重ねた黄菊きぎくというかさね色目いろめに、えび染め織り物の御表着おんうわぎを召され、四羽の蝶が羽根を広げ、丸に臥せて向かい合う臥蝶丸ふせちょうのまるの織文の白地の御小袿おんこうちきをお召しになられている。


「よくぞ参られました、後院の女御」


 高麗縁こうらいべりの畳の上に敷いた茵に、お妃様が座されるのを見つめながら、その名を余りお好きでない事を、重々ご承知でと返される。


「その呼び名を好まぬ私に、申されるは、皇太后様くらいなものにございます」


 非常に薄い衣のかさねの色の取り合わせである、かさね色目いろめを楽しむ風潮がある為、藤重ふじがさねだのくれないにおいだの黄菊きぎくだのと色や四季の名を付けて重ね着をして、それこそ吉兆、儀式、季節感だのと決まりもあるのだが、そんな事はとんと無関心なお方ゆえ、御五衣おんいつつぎぬの重ねを白の御単から徐々に濃い紫へとグラデーションし、深い紫の生地に雲と鳳凰の紋様を浮かび上がらせる御小袿を召されている、お妃様が朗らかに言われる。


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