第76話

 さて、神楽の君様の躰を張ったご行為のお陰で、今上帝様はそれは難なくいとも容易く、周囲の者達の懸念など吹き飛ばす様に、まだまだ幼さのお残りになられる、皇后様との初夜の儀をご立派にお勤めになられた。

 それまで今上帝様は、女体に全くご興味を持たれない体質たちではないか、と疑いの目を持っていた貴族公卿達の懸念を、払拭した形ともなられた。


 そんな晴れ晴れとした良き日、神楽の君様は後院の母君様に召されて、母屋もやの母君様の面前にそれはそれは仏頂面をお作りになられて座されておられる。


「何をその様に、顔を見るなり致しておりますか?」


 繧繝縁うんげんべりの畳の上のしとねに座されて、今日も御小袿おんこうちきをお召しに成らず、御表着おんうわぎの上に御裳おんもを腰に当てられ、それは長く垂れ引かれたお色合いが徐々に緑色へと変化して美しい。

 反して神楽の君様は、高麗縁にドカリと座されて、トレードマークのような朱色の狩衣を着ておいでだ。

 色も着方なども一切お気になさらない、お二方でいらっしゃる。


「お母君様は、ご存知であられたのでございますね?」


「はて?何をでしょう?」


 今日は上皇様は、今上帝様のお顔をご覧になりに行かれておいでだ。

 やはり御子様であられるから、今回の一連の事態には、それはお心を砕かれておいでであられた。ゆえに母子水入らずとなられ、それゆえにお妃様のご機嫌が良いのかもしれない。


「白々しい……」


 神楽の君様は吐き捨てる様に言われる。


巻子本かんすぼんでございます。が書かれておりました……」


「まあ?をご存知なのですか?」


「真に白々しい……で、私をお揶揄いなのでございましょう?あの様に効き目ある媚術など、存在致さぬのでございましょう?」


「何をたわけた事を申されます?兎にも角にも、そなたが私の命を聞かぬ処か、あの様なものを使い、主上の気持ちを他に持って行こうなどと、姑息な行いを致そうとされたが母は仰天でございます。朱麗じゅれい……」


 お妃様は、さも嘆かわしいという表情をお作りになられた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る