第70話

 今回巫女を差し向けるにあたり、皇太后様は意を唱えられたが、上皇様と摂政様が押し切った形だ。

 兄の摂政様に、これ以上〝力〟をつけさせたくない皇太后様は、お気に召したものを入内させるおつもりであった。

 それにはこの儀式は好都合であったが、先手を打たれた上皇様に目論見を砕かれてしまった。

 どこの馬の骨ともしれない卑しい巫女では、仮令万が一御子様を授かったとしても、皇后様との初夜の儀以降あちらにおできになれば、巫女の子は捨てられかねない。

 女の実家の力がモノを言う時代なのは、誰よりもご承知だ。

 我が国随一の権力者である、お兄君様の摂政様に敵う者など存在しない。

 つまり今上帝様は、皇后様との間に御子様を儲けるしかないのだ。

 皇太后様はほぞを噛む思いで、今回の成り行きを傍観するしか、術をお持ちになられないのだ。


 巫女神楽の君様は御帳台の側に伏して、主上様がお声をお掛けくださるのを待った。

 とばりは上げられ、ご不調であられても座してお迎えくださるかと思っていたが、帳は下げられ開く兆しすら無いご様子だ。


「……なんともご幼稚な……」


 ここへ来てもまだ抵抗をお見せになられる弟君様に、嘆息をお吐きになられて呟かれる。


「主上様」


「………」


「主上様……」


「………」


 巫女神楽の君様は、仕方がないので立ち上がって帳を上げる。


「ふ、不敬な……」


 白い寝間着ねまぎを召され御帳台みちょうだいに座される今上帝様が、見知らぬ巫女に向かって声を荒げられる。

 そして顔を見つめ合った瞬間に、御目を見開かれた。


「そなた……」


 大きくまなこを開かれたまま、それはそれはジッと巫女を凝視される。

 巫女神楽の君様はそのご様子を認めて、ほくそ笑みをお浮かべになられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る