第68話

「身の清めは神の仰せのまま済ますと、お伝え致したはずでございます」


「……そうはいかぬ。何かあってはならぬゆえ、主上様のお側に上がるには、隅々まで調べねば……さすがは陰陽寮、なかなかの上玉を見つけたものよ」


「はっ?」


 琴晴の大慌てなど素知らぬ体で、典侍ないしのすけ様はそれは関心しきりで、琴晴を見つめる。


「あれ程の美貌の巫女がおろうとは……。上皇様と伴に後院にひかれたお妃様を彷彿とさせる。あれならば、さしもの主上様とてお慶びになろう」


「さ、さようにございますか?典侍様もご覧になられましたか?」


「主上様のお相手の巫女です、見果てます」


「で、では清めの時も?」


「仮令上皇様よりお勧めの陰陽師であろうとも、は申せません」


「さようでございますな?……お許しください……」


 琴晴は何も気にしていない典侍様に疑問を抱くが、もしかしたら典侍様も片棒担ぎの一人やもしれない。自身が理解していないだけで、しっかり役目を果たさせられているのか?


「あの巫女は、今朝ご神託頂いた身の者にございます。それはシカと手解き頂いておりますれば、今上帝様の気鬱もなくなる事でございましょう」


「そうか?……ならばよい。大方は皇太后様方から選ばれるを、かこつけあの巫女と致したのだ、もしもゆなき折には、そなたもただでは済まされぬ事を、肝に銘じなさいますよう……」


「はっ……」


 琴晴は深々と頭を垂れて、典侍様が廊を行かれるのをお見送りする。

 典侍様は摂政様の近しきお身内を、夫に持つ才女だ。

 その為に、皇太后様と摂政様との板挟みとなっていると噂があるが、賢いお方だから身の処し方はご存知だ。

 どんなに皇太后様とお親しいといえど、敵わぬ相手は見極めなければ、この宮中では生き延びられない。

 ……とはいえ、さすがに神楽の君様に身を清めさせたのなら、巫女として主上様の元に送るだろうか……。

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