第67話

 吉日……その日は、今上帝様の禊ぎの儀に吉日な日だ。

 禊ぎの儀……とか御大層な名分をこさえているが、無垢な今上帝様に男女のを手解きする、手慣れたを差し向けるっていう日だから、吉日もヘッタクレも〝無い〟と琴晴なんて思う訳だが、そんな事を声にしてのたまおうものなら、即刻その場で首にされかねない。だって、そんなくだらい用事すら、琴晴達陰陽師には大事なお仕事なのだから……。


 さて、琴晴が上手いこと言って神楽の君様が化けている巫女を、今夜のお相手に差し向けたので、内侍司ないしのつかさ典侍ないしのすけ様が、わざわざ内裏で見かけた琴晴を追って来た。


「陰陽師、安倍琴晴」


「これは典侍様」


は確かに、主上様の御心地宜おんここちよしとされるのだろうな?」


「はい?」


 廊で呼び止められた琴晴は、予想もしていない言葉に眉間に皺を作る。


「神よりの神託を受けし者であろう?あの者が主上様の気鬱を、取り除く術を知っておるという……」


「それは何処から?典侍様……」


 女官達の正装である十二単を身に纏い大垂髪おすべらかしの、現在いまでは女官で最高位の典侍様に、恐れ多い事ながら身を近づけて小声で囁く。

 内侍司の最高位は尚侍ないしのかみ様だが、現在いまでは后妃様になられる事が普通だから、実質的には典侍様が長となられる。

 そして今上帝様はすら望まれないから、尚侍様になられるお方は現在存在しないから、完全なる内侍司の長であられる。

 典侍様とて高貴な御身ながら低い身分の琴晴に、舎人や女房を使わさず、わざわざご自身がお声をかけておられるのだ、の処は解っておられる。


「上皇様からです。ご内密に文を寄越されました」


 典侍様もお声を下げて、琴晴にあこめ扇で顔を隠して耳打ちする。


「上皇様でございますか……」


 ……かのお方であったか……


 それは神妙に典侍様を見て納得する。


「……して、巫女は?」


「身を清めた後、主上様の元に送られた」


「身を清めさせたのでございますか?神よりご神託頂いた身なれば、主上様の気鬱を取り除く神力が失せまする」


 もっともな事を連ねているが真っ赤な嘘で、神楽の君様が巫女ではない事がバレてしまったと内心大慌てしている。




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