第62話

「まぁよい……」


 言葉に詰まった琴晴に言い放たれる。


「……で?その初夜の儀とやらは如何となるのです?」


「それは今上帝様の御気色によります」


「御気色?そんなに悪いのですか?」


「いえ……気力が失せ気鬱となられまして……」


「は?その様な事?よいですか陰陽師、如何様となろうとも、くといたしませ」


「……い、如何様となろうとも……と仰せになられましても……」


「はっ?何をぐちぐちと……万が一なったならば、大神様に申し上げて閻魔に談判致しますから、は疾くといたすのです」


「えっ?しかしながら……」


「蒼に万が一と事あらば、私が大神様に申し上げ、閻魔から蒼を貰い受けて参りますゆえ、疾くとなさいまし……」


「ええ?」


 畏れ多くも上皇様と異口同音で、琴晴は声を上げた。


「き、妃よ。それは余りではないか?今上帝が余りに哀れではないか……」


 当然の事ながら、上皇様は慌てられておいでだ。


「何を……高々朱に恋煩い致し大義を逸するなど、天子の致す事ではございませぬ」


「いや……今上帝はまだ若いのだ……ただ若いのだ……」


「……とは申せ元服は致しておりましょう?我らが一族では大人でございます。お・と・な!」


「……さ、さようであるが……」


 さしもの上皇様も、今日のお妃様にはお言葉を失われる。


「よいですか?は疾くと致すのです。摂政を焦れさすは賢明ではないのです。仮令皇太后様が、如何様に茶々をお入れになろうとも……」


 いつも気高く穏やかで落ち着きのあられる、粛々となされているお妃様が、今日に限ってそれは想像もつかぬ程の、強い御口調できっぱりと言われる。

 その初めてお見せになられる気迫に、長年一途に愛し尽くされておられる上皇様ですら息を呑まれた。

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