第46話

 神楽の君様……。

 お妃様の尊いお口から放たれたのは、以前主上様が妖の精に取り込まれそうになられた時に、あの不思議なお力で妖の精を吸い取られたお方の御名であった。


 安倍琴晴はかの君の元に向かう為、後院でお借りした牛車の中で、世にも稀なるその美しいお姿を思い浮かべた。


 ……さもあらん、かの君様は尊き大神様が、平安の治世に遣わされた瑞獣の後院女御様と呼ばれる事もある、この世のものではない、それは尊いお方の皇子様だから、その美しさを現世のもので測れようはずはない。


 ……あの時、かのお方が遣わされたあの夜……眩く輝く玉が清涼殿のご寝所に入って行った。

 それを誰もが目にし記憶しているが、それから先の事を誰も覚えていない。

 否、その先の数分間、現世の時は止まっていたのかもしれない、と琴晴は考えている。

 清涼殿の護衛である滝口の者も、清涼殿に詰めていた侍従から女房に至るまで、その輝きを目にした以降を覚えていなく、気がついた時には輝きが失せていた為に、一瞬の輝きだと思い込んでいる。

 翌朝ご寝所よりお出ましの、当時の帝であらせられた上皇様が、瑞獣を遣わされたと証言されたので、貴きお方にしか尊きものは見えぬものと皆が納得したのだ。

 そして翌日陰陽寮は大騒ぎとなった。

 上皇様がご証言なされたごとく、大神様から瑞獣を遣わされた旨をご神託頂き、永きの平安をお約束頂く瑞獣を、現世の帝に授けると頂いたのだ。 そして世にも稀なる美女を女官として、陰陽寮より大神様の授かりものとして差し出した。

 それは全て大神様のお導きのままの事であり、高々の人間ごときがとやかく言う筋合いのものではないし、できようはずもなかった。

 否応無し……その言葉が当てはまった。

 直ぐに上皇様は瑞獣の美女を見初められ、そしてご寵愛を一身に注がれる事と相成ったのだ。

 そしてその神託を受けたのが、その様な力などかつて持った事も無い、陰陽師見習いの琴晴であった。

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