第45話

 今日も今日とて、後院のお妃様からお呼びがかかり、御簾を巻き上げておいでで、御几帳みきちょうの奥から御自らお声をかけられた。


「如何です?進んでおりますか?」


「はあ……」


 琴晴は重々しく首を垂れて、言葉を続けられない。


「相も変わらず今上帝は、良い顔を致されませぬか?」


「はい。進め様と致しますれば、御心地宜おんここちよろしからず……」


「まぁ……それは一途な……可愛らしいこと……」


「は?」


「いや独り言です……では、さしものそなたであっても、困っておりましょう?」


「はい。如何様にも致しかねております」


 琴晴が真顔で項垂れる。


「天下の安倍家の陰陽師が、その様に手古摺るとは……さすが上皇様の御血筋にございます」


 お妃様は変わらずの美しい笑顔を、惜しげもなく上皇様に向けられて言われた。

 その笑顔をご覧の上皇様の頰が少し上気して、それは幸せそうなご表情を浮かべて向けられる。


 ……これこそが真の幸福……至福と言うものだろう……


 と、琴晴は思って羨ましく眺めやる。


「……ならばそなたに、良き味方を授けると致しましょう」


「味方?」


「そなたのその悩みを、伴に解決いたす相手です」


「私の今の悩みは……ただ一つにございます」


「ゆえにその悩みよ……はなかなか役に立ちますよ。何せ私の宝でございますもの」


 お妃様はコロコロとお笑いになりながら、さも楽し気に言われる。


「皇后はまだまだ幼い。御子様を授かるには時が必要だが、摂政に焦れを作るは今上帝の御為にはなりませぬ。できぬは、天の思し召しと答えればよいこと。皇后の幼い御身も、天の時期では無いと申せばよいのです。摂政は欲深いが信仰あつい者ゆえ、天の定めには異存を唱えませぬ。それで陰陽寮の悩みも無くなりましょう?」


「しかしながら主上様が……」


「それこそが、良い解決策を考えます……否、もう考えておるやもしれませんよ?」


 お妃様はそれは楽し気に笑われた。

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