第42話

「これは実に面白いな……」


 神楽の君様は、その美貌を見慣れている銀悌ぎんていですら、見惚れてしまう程の笑顔を零されて言われた。


「さようにございますか?」


 ……さても、神楽の君様もお年頃という事か……


 銀悌がしみじみと思い倦ねていると


「惚れさせる手立てがあるのだ……」


 何やら良からぬ事をお考えの時に、お見せになられる笑顔を浮かばれておられる。


「……そうか……その手があったのだなぁ……何せこういった事に、殊更疎いから考えが及ばなんだ……なるほど……」


 などと一頻ひとしきり関心して頷かれた。


「銀悌……そなたはまことにできた従者であるな……私の憂いを取り除く手立てを探してくれた」


「はっ?」


 銀悌が怪訝気に、神楽の君様を直視すると、静々と掃除の終えた可憐な精が、何やら折敷おしきに乗せてやって来た。


「銀悌様。神山の泉でこさえた酒でございます」


「おお!そうであった」


 銀悌は立ち上がって折敷を受け取ると、神楽の君様の元に酒の乗った折敷を下ろした。


「黄砂の修行がてら、我が一族に伝わります酒を拵えてまいりました」


「ほう?そう言えば、神使達には一族に伝わる、酒造りの手法があるとか?」


「さようにございます。我が一族は由緒ある一族ゆえ、秘伝中の秘伝にございます」


 銀悌は朱塗りの盃に、並々と注ぎ入れて言う。


「我が酒は悪酔いを致さぬ美酒にございます」


「……なるほど、実に美味いな」


 神楽の君様は満面の笑みを浮かべられると、黄砂を手招きされた。


「そなたも飲んだか?」


「はい。神山にて頂戴致しました」


「ならば……」


 クイクイと呼ばれる。

 黄砂は銀悌に視線を送り、銀悌が頷くのを見てお側に寄った。


「そなたも……」


「……しかしながら……」


 再び銀悌に視線を送る。

 下衆の身の黄砂が、尊いご身分の神楽の君様のお側に寄るなど、牛飼童うしかいのわらわであった自分には考えられぬ事だ。


「よい。神楽の君様は、世俗とは隔てお暮らしゆえ、唯一の人間であるお前は、これからお側にあって、お淋しさを紛らわせて差し上げよ」


 銀悌は優しく諭すと、朱塗りの杯に並々と酒を注ぎ込んで言った。

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