第40話

「黄砂よ、もう大事は無い様だな」


 お屋敷の中から、這々の体で簀子に出てお越しの神楽の君様は、荒れ果てた庭の草むしりをしている黄砂を認めてお声をかけられた。


「はい。ありがとうございます」


 少し上質な生地の褐衣かちえ姿の黄砂が、ひれ伏して言った。


「面をあげよ。此処ではひれ伏すでない」


 狩衣かりぎぬ姿に烏帽子えぼしなどお付けになられず、それは神々しい長髪を揺らされながら、簀子に座して笑顔をお向けになられる。

 その色白の肌を、天の日差しが申し訳無さげに注いで、その白さを浮き上がらせるが、そんな事すらお構い無いご様子でフッと天を仰がれると、一瞬にして羞恥に耐えかねた様にお天道様は薄い雲に姿を隠してしまった。


「もはやそなたは神使の端くれ、よいか?現世の縛りなどに惑わされずに、神使としての勤めを果たしてまいるのだ」


「はい。有り難き幸せにございます」


「……そなたの父はかなりの身分の者であるが、会うてみたいとは思うでない」


 神楽の君様は、黄砂をしみじみとご覧になられて言われる。


「そなたはそれ以上の栄華を、永きに渡る生涯で得て行く……それにそなたは今迄一人で生きてまいった。これからは神使として生きてまいる。できうる限り今生人との関わりは持たぬ方がよいのだ……私もそうしておる……」


「はい……」


「もはやそなたは我が一族であるぞ?私を兄と思い、銀悌を父と思うて生きよ」


「……その様な勿体ないお言葉……」


 黄砂がひれ伏したまま身を縮める。


「朱様……私が父とは……長兄でございましょう?」


 銀悌がお側に身を置いて畏まった。


「おっ!さようか?……ならば父は……大神様とは如何か?」


「そ、そんな……」


 身を震わせて恐縮する黄砂に


「……確かに……大神様は独神でおわされるが、この世の父であられる……懐が深くおおらかなお方だ」


 と言った。


「お怒りになられると、誰よりも怖い……銀悌よりもな……」


「はっ?何をお戯れを?怒っておらば誰しも怖いもの……我が身にやましき処のある者は、尚の事にございましょう?」


 銀悌の鋭い言葉に神楽の君様は、お茶目に身を縮めてお見せになられた。

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