第39話

「我が屋敷の有り様は、如何致した事でございます?」


「そなたが居なかったのだ、致し方あるまい?」


「何を?朱麗じゅれい様」


 幼児の砌よりの従者であり、教育係でもある銀悌は、少し……ほんの少ーし不敬ながらも、主人に怒りを覚えた時には御名でお呼びする癖がある。

 その時はきっと銀悌の中では、大事な若き主人を、教育し直すモードとなっているからだろう。そしてそれを、お聡い神楽の君様はご存知だ。


「陰陽寮の陰陽師すら、式神とか申すものを操って、身の回りの事を致させるとか?虫でも花でも動物でも、現世の全てのものの精を、呼び覚まされるすべをご存知で、ご幼少の砌よりそれらを相手に遊んでおいでのお方が……私が居らぬと何も致せぬとは?屋敷も庭も汚れ放題荒れ放題……これは如何致した事でございますか?」


 銀悌は狐の神使だから、それは神使の中でも格式高いし、瑞獣にも存在する程だから、尊いお方にお仕えする力は最強だ。

 怒りが増してくると褐色の瞳の奥が紅く輝いて、さしもの神楽の君様ですら背筋が凍る。

 神楽の君様は徐ろに身を起こされると、何時もは銀悌任せの身支度を、そそくさとお始めになられた。

 現世では高貴な者達は仕えている者達にさせているが、神も大神も神使も瑞獣も、己の事は全て己でするのが通常だ。

 何せちょちょいと思えば事が成るのだから、何も従者にさせる事はない。

 高貴な身だから何もしなくてよい、と言うのは全くの処お門違いというもので、崇高なお方の方が、ご自分の事はご自分でなさるものなのだ。

 そこの処をお忘れになられたか、はたまた鬼の居ぬ間の洗濯と洒落込まれたか……。

 教育係としての銀悌が、神楽の君様をお諌め致すは当然の事だから、神楽の君様が過ちに気づかれて慌てられるのは、至極当然の事だ。

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