第38話

 そんな鬱仏とした日々をお過ごしの神楽の君様だが、弟帝様とのご関係は変わりないまま時が経ち、暫く屋敷を空けていた銀悌が神山より戻って来た。


「我が君様」


 銀悌は、ご寝所の御帳台にお休みの神楽の君様を、徐ろに帳を上げて跪き、そのお美しい顔を覗き込む様にして、それは穏やかな声音でお声をお掛けする。

 元来現世では、この様な事は許されぬ事であるが、幾度となく申し述べている様に、神楽の君様はいささかかなりお変わりのお方だから、ご幼少の砌……後院に赴かれてからずっとお仕えする銀悌が何をしようと、決してご不快を表す事の無いお方だ。


「……銀悌よ戻ったか?」


「只今戻りましてございます。黄砂はご推察の通り、それは覚えもよく……」


「さようか……ならば、大神様もお許し下さるであろう……」


 お目をお開けになる事無く、それは気持ち良さげに寝息を立てられながら、それでも語られるのは、まるで幼児の様で可愛いらしい。


「昨夜はなかなか、お眠りになられませんでしたか?」


「…………」


「夜更かしのお癖が、おつきになられたご様子でございますね?」


 銀悌は和かに微笑みを浮かべると


「お目覚めください我が君様」


 耳元で囁くように繰り返す。

 それでも、お目覚めが無いのを見届けると、銀悌はスゥーと右中指を神楽の君様の額に置いて撫で上げた。


「銀悌……」


 幾度めかに指を置くと、神楽の君様は目覚められて銀悌に、その深い紫色の瞳を向けられた。


「この私にじゅをかけるつもりであるのか?」


「お目覚め頂けねば……」


 シレッと、したたかな表情を向けて言う。


「……それは不敬であるな……それ程迄にそなたを怒らせたは、如何なる理由わけだ?」


「我が君様……ならば如何した有様でございます?」


 真顔の銀悌が涼やかに聞くが、目が笑っていない……茶褐色の目が……。




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