第33話

「……そう申せば、今上帝の従者の晨羅が文を持参致したぞ」


 白は立文たてぶみを、物思いに耽られている神楽の君様にお見せする。

 神楽の君様が、余りに思い倦ねておいでの内に、天に上弦の月がポカリと浮かんでいる。


「うおっ!」


 すると白の持つ手元を見つめられて、ひさしを飛び出され、簀子すのこの広縁でひらひらともてあそぶ立文を取り上げられた。

 長年お側に在って神楽の君様の、お世話をしている銀悌が不在なので、お屋敷の中は荒れ放題だ。

 ここ数日というもの、蔀戸しとみどなんて締める者も居ないし、灯りをお持ちする者も居ない。

 まあ……瑞獣を母君様とされる神楽の君様だ、不自由とお思いになられれば、ちょちょいとやられる術はご存知だが、そんな事は気に留められるお方ではないし、銀悌が留守を頼んだ相手が白だから、お世話などするはずもない。

 ……つまり、荒れ放題という事になっている。


「それは何だ?」


「な、何でも無い。ふ、文だ……立文だ……」


「……であろうが、それにしては良い香りが致すぞ」


「皇家には酔狂な者が多いのよ」


 立文とは、木や花の枝に結び香などをたきつけて送る、恋文で有名な〝結び文〟とは別に、縦長に文を畳んで紙で包み、さらにその上から懸紙かけがみでくるんで、上下を折り返したもので、正式な文とされている。そして文箱または状箱と呼ばれる、木製の箱に入れて文使いが届ける。

 神楽の君様はを読もうともされずに、慌てて懐に仕舞われる。


「然程に大事な物なのか?」


「た、立文であるからな……」


「立文とは、人間共が交わす正式な文であろう?」


「お、おう……そうだ……」


 白は神楽の君様のご様子を、怪訝そうに眺めやる。


「人間とは面倒な事を致す生き物よ。その様な物にいちいちしたため合わねばならんとは……」


 クイッと小首を傾げて言う。


「お?そう言えば恋文とやらもあるな?な事すらもタラタラと書き連ねる……くだらぬヤツらだ……」


「確かに……何を言いたいのかさっぱりと分からんし、の何が胸を打つのかも理解しがたい」


 神楽の君様は、白を見つめられて少し頬をヒクつかせて言われた。


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