第30話
神楽の君様は、母君様であられるお妃様のようには、物凄ーい独占欲をお持ちにならない。
と云うより、母君様に溢れ出てしまわれたので、それが無いのかと思われる程に淡白なお方だ。
否その対象が、今まで存在しなかったから、そうなのかもしれないが……。
兎にも角にも神楽の君様は、ポッと湧いて出た様な、思いもかけていなかったお方から……それも神楽の君様は、世間から離れてお過ごしなので、神楽の君様をご存知の人間が存在しないので、他にいる訳もないのだが……。
兎に角弟君様であられ、この国の帝であられるお方から、思いを寄せられる等、考えた事もおありになられない。
否、諸々の事を遠ざけてお育ちだから、思われる事自体をお考えになられた事が無いのだ。
人間に愛される事が念頭に無かった……が正直なところだ。
つまるところ神楽の君様は、至極困惑されておいでだ。
それもあれが望めば女になれ、とお母君様から引導を渡されてしまわれた。
……と云う事は……と云う事を念頭に入れて……と云う事を致さねばならないのか?
あのお母君様のお言い付けならば、絶対服従を意味する。
あのお母君様だ……。
神楽の君様は、後院からお戻りになられてから、日がな一日嘆息を吐いてお過ごしになられている。
幼き頃からお側に侍る銀悌は、ただ今神山で悪しきものを取り除いた、黄砂の神使となるべき従者の教育をしているから、お側に侍るのは、白鼻芯の様な動物の精や神使達だが、奴らは元々神に仕えるもの達だから、半分人間の血を引き、まだまだ若輩者の神楽の君様の事は、ちょっと……大層小馬鹿にしている節がある。それはとても聡い神楽の君様は、重々ご承知なのだ。
「何を日がな一日、浮かぬ顔をして嘆息を吐いておる?」
中でも一番横柄な白鼻芯の白が、畏れ多くも神楽の君様に言った。
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