第17話

「兄君様……」


 主上様は頰に微かに紅を差され、虹色に輝かれるかのお方を見つめられて、徐ろに御御足おみあしを滝壺に差し入れ様と動かされた。刹那、目をお瞑りだった神楽の君様が、その美しき瞳を開かれて主上様を捉えられた。


「主上!如何して此処へ?」


 神楽の君様は、叩き打つ滝から身を遠ざけられ、御御足を入れんばかりの、主上様の元にお近づきになられた。


「上皇様とお妃様にご挨拶いたした後、兄君様の元にご挨拶に参るつもりでおりましたが、お妃様より神山に赴かれたとお聞きし、殊の外気落ちいたし戻る処、摩訶不思議な事に此処に迷い込みましてございます」


 主上様は、お会いしたいと切にお望みのお兄君様に会えた嬉しさに、それは興奮気味で事の次第を告げられる。


「此処は私が臥しておりましたみぎりに、しばしば身を置いておりました処でございます」


「此処に?……主上よ、此処は神山である。それも神山の奥に当たるゆえ、高々の人間は足を踏み入れられぬ場所であるのだ」


「いいえ。私は此処を知っております。此処に神山より流れ出でたる、尊き神の滝が在る事も、この先に梅桃桜が交互に咲き誇る、神泉が在る事も知っております」


「……なんと……」


 神楽の君様は、主上様を見つめられてお言葉を呑み込まれた。

 そして滝壺から身を上げられると、白装束が水に濡れて、それは妖艶な艶を放たれる御身を顧みられず、主上様が微かに濡らされた御御足に手をお触れになられた。

 すると驚く事に、主上様の御御足は一瞬にして乾いてしまわれた。


「主上よ。病み上がりであるゆえ、些細な事でも気をつけられよ」


 御身は滴り落ちる七色の滴すら気にもされずに、弟帝様を気づかわれておられる。

 そのお姿に主上様のみならず、お側に侍る晨羅すらも見惚れてしまう程だ。

 すると修行の妨げになってはと、遠くではべっていた銀悌が馳せ参じて、ずぶ濡れの神楽の君様のお召し物を一瞬にして着替えさせたが、その手際の早い事、傍らで見つめる晨羅の目には止まらずの俊敏さであったが、慌てたものなのか、お髪が濡れておいでの神楽の君様のお召し物が一瞬にして濡れてしまわれた。


「こ、これは私といたしました事が……」


 とか言いつつも、平常を保ってお髪を乾かし、微かに濡れられた衣を乾かした。

 その速さといったら……お側に仕える身ならば是非とも身につけたい技だと、晨羅は憧憬の念で見つめた。

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