第16話

「主上様、見事な花々が咲き誇る処に参りましたが、我らは道を誤ったと思われます」


「なんと?」


 主上様は廉を上げて晨羅の言葉を確認される。


「確かに……」


 主上様は景色を見回されて、それは見事に木々や草花が咲き誇る、未だ嘗て立ち入った事のない場所であるのだが、何故だか見覚えのある景色を見つめられる。


「余りに美しき処でございますが、妖の類に誘われたのでございましょうか?……はっ?まさか妖の精の仕業?」


 晨羅は顔面を強張らせて言う。


「……妖の精?」


 主上様はそうお言葉を発せられると、徐ろに御所車から身を乗り出された。

 それを見た牛飼童うしかいわらわが、手馴れた様子でしじを降車の為の踏台として差し出し、主上様は事もなげにお足を運ばれて、傍らで畏まる晨羅の身前に佇まれた。


「晨よ。私は此処を知っておる」


「は?」


「臥しておった折に、しばしば此処に身を置いておった様に思う……」


 主上様は軽々しく御御足おみあしを運ばれる。

 それを慌てて晨羅しんらが追う様にするが、何故かお供の者達は動かずにいる。

 此度は、神楽の君様の元に赴かれたいお気持ちがおありゆえに、共の者達の数は少ない。その者達がただジッと佇んでいる。

 そんな事など気にも留められずに、主上様は軽々とお進みになられる。

 木々に白や赤の花が咲き誇り、足下の草花が可憐な花を咲かせている。

 まるでの世の極楽、桃源郷の様だ。

 鳥の声が聞こえては、遠くに掻き消えて行く……。

 暫くこの世とは思えない、美しい世界を目に留めながら歩んで行くと、微かに水が流れ落ちる音が聞こえて来た。その音が歩を進める毎に大きくなって来て、それは見事な滝が遥か彼方の山上から流れ落ちているのが目に入った。

 すると主上様は歩を早められ、小走りになられ最後は駆ける様に進まれる。

 晨羅は主上様のそのご様子を、見つめながら後を追う。

 尊くも荘厳な滝壺にたどり着く頃には、それは美しくも気高く滝に打たれ、虹色の光を放たれている神楽の君様の御姿を認めて、佇まれる主上様の後ろに畏まった。


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