第12話

 雅を絵に描いた様なお方である神楽の君様が、牛車などを厭われ馬をお持ちなのは失礼ながら驚いた。

 それも言葉を多少話し、乗り手である晨羅を小馬鹿にして、鼻で笑ったりするものを見事に使いこなされる。

 武術に自信を持つ晨羅すらも驚愕する程の手綱さばきで、神楽の君様のお姿に魅入られた偃月えんげつが、暁月ぎょうげつと名を変えて見惚れる中、主上様がお休みになられている清涼殿にお着きになられた。



 摂政様の命を受け、いつもお側に侍る晨羅が神楽の君様を、清涼殿の夜御殿よるのおとどへご案内すると、鼻につく香が神楽の君様の渋面を誘った。


「これは陰陽師。この香は如何なるものよ?」


「……この香は悪しき妖を、おびき出すが為の物にございます」


「妖?主上は妖に憑かれたのか?」


「私が見ましたる処……かなりの美しき妖の精かと?」


「何と?それ程のものか?」


 神楽の君様は、それは興味をお持ちになられて、主上様の元に足を運ばれる。


「そなたも、主上様を覗かれただけで、を見たか?」


 陰陽師に向けられるお顔は、少し嘲りをお持ちの様に見受けられる。

 決して陰陽師の技量を、高く買っておいでのご様子ではない。


「……ならば、私にもは見えるな?」


 ほくそ笑みを浮かべられて、苦しげに荒い息をお吐きの主上様を覗き込まれた。


「……なんと?」


 神楽の君様は驚愕のお声を発せられ、もっと近くに覗かれる。

 すると主上様は微かに瞳を開けられて、小さく本当に微かに何かを言われた。


「主上よ……何を言われた?帝よ……?」


 すると再び主上様は微かに瞳を開けられ、小さく口元を動かされたが、とうてい聞き取れる物ではなかった。

 ただ神楽の君様のお手に力無く触れると、スゥーと瞳を閉じられてしまった。


「……なんと?実に美しき女よ……あやかしではなかろうが、確かに陰陽師の見立て通り〝精〟ではあるようだが……この香は頂けぬ」


 そう言われると神楽の君様は、主上様の口元に触れんばかりに唇を運ばれて、その白く細っそりとした人差し指で、主上様のお口を微かに開けられた。

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