第10話

「そ、それは知らぬ事とはいえ、失礼をば致しお許しくださいませ」


 晨羅は実直な性質たちなので、深く頭などを垂れて言う。


「なになに、此処では高々の従者であるゆえ、お気に留められませぬよう……して?この様な夜半に如何致されましたか?」


 銀悌は何時もの抜け目無さで聞いてくる。


「はっ、主上様のご容態が思わしくなく、医師くすしも陰陽師も修法師すほうしも如何様にもならず、これはお妃様のお力をお借りできれば、と摂政様より命を受けて後院に参りました処、上皇様と神山に赴かれたとの事……そこで神楽の君様のお力をお借り致したく思い、夜半を顧みず申し訳ございません」


 晨羅が神妙に伝えると、銀悌は表情を変えてお屋敷に視線を向けた。


「如何致した銀悌?この様な夜半に?」


 お屋敷からそれは美しく、薄月の下でも微かな月の光で、神々しく照らし出されておられる様に見えるそのお姿。

 男が頭髪を晒すは失礼とされるご時世で、冠を嫌い髪を束ねる事すら厭われるお姿は、まるで母君様のに匹敵する程にお美しく、長く光り輝く黒髪を揺らされる。

 白い寝間着に朱の単衣を羽織って歩かれるお姿は、晨羅すら釘付けになる程だ。

 まず、世の貴族公卿様方の佇まいお身形みなりなどには無頓着を通り越して、見識の高いお方からは渋面しか頂く事のないお方だが、とにかく何をお召しになろうと、どの様にお召しになろうと見栄えは美しく絵になられる。

 そのお姿に雲に隠れていた偃月えんげつが、一眼見ようとでもするが如くに姿を現した為、煌々と輝く月明かりに、それは目映い程にお姿を輝かされた。


「朱様、今上帝様のご容態が思わしくないと、夜半も顧みず従者が参りましてございます」


「何と主上が」


 心配気に出されたお声が美しい。

 高くも無く低くもない、なんとも耳障りの良い声音だろう。

 お姿は拝見する事がかなう晨羅だが、余り大きなお声を出されぬお方ゆえ、お声を拝聴したのは初めてだ。

 その心地良い声音に、クラクラと目眩を覚えた。

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