第5話

 美女は先帝様のお顔をジッと見つめ、見惚れる先帝様を魅了しながら、その可憐なる口元を緩めた。


「私は大神様より、平安なる治世のお慶びを、お伝えに参りましたもの」


「大神様?」


「我が主人たる大神様は、大神として誕生いたす、天がお定めになられた大神でございますれば、どの神々様方よりも尊く、お力をお持ちのお方でございます」


「その大神様が?」


「長き平安の世をお慶びでございます。少し前の世は、神々様とて哀れむ程の、世の乱れぶりでございました。我が大神様は、他神様方よりはるかに人間とは関わりをお持ちにならぬお方でございますが、世の乱れは世の穢れと化しますゆえ、いたくお心をお痛めでございましたが、此処の処の世の平安を、殊の外お慶びなのでございます。なんぞお望みの物はおありでございますか?我が主人が差し上げたいと……。かなりの太っ腹のお方でございますゆえ、多少の望みは叶いましょう」


「ならば、ならばそなたを……」


「私でございますか?」


 平安の治世に姿を現すとされる瑞獣ずいじゅうらんの化身である美女は、その瞳を丸くして問うた。

 当然の如く、先帝様は大真面目で頷かれた。


「ふふ……この平安たる世、欲する物はございませぬか?」


 美女はそれはそれは美しく、笑みを浮かべた。


「貴方様のお望みは叶いましょうが、私一存では決められませぬ。主人にお伺いを立て、日を改めて参ずる事と致しましょう」


 美女はそう言うと、それは美しい顔容かんばせを先帝様の眼前に近づけた。


「私の瞳は黒曜石の様な〝黒〟ではございませぬ……いずれ、気がすむまでご覧頂きましょう」


 桃花の様な唇が形良く語った。

 それを見惚れる先帝様を尻目に、フッと美女は姿を消した。


 翌朝先帝様が目覚めると、宮中の者達は神々しい光の玉が清涼殿に入って行った事を噂したが、誰一人としてその先の記憶を持った者はいなかった。

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