第4話

まことは忌々しい」


 腰輿ようよの中から、皇太后様の苦々しげなお言葉が聞こえる。


「上皇様を未だに、たぶらかしておるだけでは飽き足らぬとは……」


 輿の側で足を運ぶ侍女の長女おさめは、神妙な表情を崩さずに、それでも言葉を発する事をしない。下手な事を口走れば、ろくな事にならない事は知っている。


 ……あれはいつの事だっただろうか?

 当時左大臣であった摂政様の妹君が、東宮妃様となられ皇后様となられた……。

 それから直ぐの事だった。


 帝のご寝所がある清涼殿に、それは眩い光の玉が入り込んだ。

 その玉は宵闇の辺りを煌々と輝かせた。

 夜御殿よるのおとど御帳台みちょうだいに、とばりを垂れてお休みであられた先帝様は、その眩い光でお目覚めになられ、帳を上げて見られると、其処にはそれは見目麗しい美女が佇んでいた。

 ひとえうちぎの上に朱の打袴を履き、見た事も無い綺麗な柄が浮かぶ、白のを腰に当てて後ろに垂れ引いて、それは見事に光沢のある黒髪を、ただ長く垂らしている髪が微かに裳に揺れる。

 今までに見た事もない程に、色は白く透き通る様で、額にうっすらと青筋が浮かぶ程だ。

 眉は微月の様に細く形良く、頬と唇は桃の花の様に可憐な色を放っている。

 先帝様は見惚れんばかりに、身を乗り出して見入られた。

 するとその顔を向けたまま、少しの唇の端を緩めて先帝様を直視した。

 その瞳の色は黒く黒曜石の様だ。


「そ、そなたは?」


 見惚れるままに先帝様は身を起こされ、帳を上げて出て来られ、その美女の前に佇まわれて問われた。

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