第3話

 主上様の乳兄弟の晨羅が、摂政様のご命で神楽の君様の下に参じている間に、主上様の母君様であられる皇太后様のご命で、陰陽寮の陰陽師が再び、ご寝所の主上様をご覧になられている。

 容易くお側に寄る事など許されぬが、今宵は違う。我が子をご心配の皇太后様がお許しくだされている。


 東枕に立てた御帳台に横たわられる主上様を、帳を上げてジッと見つめられた陰陽師は、大きく眉間を寄せて祝詞を唱えた。

 その滔々と流れる声音を、夜御殿よるのおとどのある清涼殿の外で皇太后様が、かしずく侍女達とお聞きになられている。

 パシパシと大きな音がしたかと思うと、腰輿ようよにお乗りの皇太后様は、身を乗り出されて清涼殿を見つめられ、お側に近寄った侍女の長女おさめの肩に手をおかけになられ、今にも腰輿から降りられて、夜御殿へと足を運ばれん勢いを見せられた。

 すると中から姿を現した陰陽師を認められて、徐ろに平静を取り戻されて腰輿の中に身を隠された。


「い、如何致した?」


 お付きの長女が、畏まる陰陽師に声をかける。


「……妖の精が、主上様に御憑きましてございます」


「妖の精とな?」


「主上様の夢の御中に在りて、主上様を取り込もうと致しております」


 その言葉を聞いた長女は、腰輿の中の皇太后様に視線を向けた。


「……に、上皇様だけでは飽き足らず、今上帝迄もたぶらかすつもりか……」


 腰輿の中から吐き捨てる様なお声が、苦々しく絞り出される様に聞こえる。


「……如何致せばよい?」


 長女は畏まる陰陽師に問う。


「まだ然程力のあるものでは、ございませぬゆえ……」


「其方に仕留められるか?」


 腰輿の中のお方は、急く様に御自らお声をかけられる。


「はっ……」


「……ならばくと致せ」


「はっ……」


 陰陽師は深々と頭を垂れると、腰輿が去る姿を見送った。



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