Ⅱ
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「先日のオトハ奪還の件は、全世界に発信済みだ。これであの敗戦の言い訳も、何とか形にはなっただろう」
ミカドが会議の場で皆に告げ、厳かに面々が頷く。
「死傷者が出ていないのも、好意的に受け入れられている理由だな。怪我人は出たが、高邁な理想のために、関係のない他者を死にまで追いやるテロリズムとは一線を画している、ととられているようだ」
「それは、セレナのお蔭だね」
敵味方死傷者なしとするため、戦闘地域で致命傷を防ぐ魔法陣を敷いていたセレナに、エニシが頭を下げる。
「私はただできることをやっただけ。主義主張はあるから、戦わなければいけないこともあるかもしれない。でも、そのために死ぬことまではないと思うから」
本当なら、戦うことすら忌避したいだろう。それでも、まだ、戦わなければ自らを守ることすら敵わない。
「国としての根幹は、これからが大切になってくる。今は自助努力で生きていける魔術師しか受け入れてないが、国として大きくなっていくなら、教育がなければ国として成り立たないし、統治機構としても整備しなければ不平等になってしまう」
「魔術で大抵のことは賄えますが、教育と政治だけは別ですからね」
フレイレが神経質そうに眼鏡の縁に触れ、資料と睨めっこをしている。
「ま、うちらが国として大きくなるか、それとも他の国が僕らを受け入れるか、どっちが早いか、っていう話でもある気がするけど」
ジャンが気楽に天井を眺めながら放言するが、それもまた、真実だ。
「何もかも甘いし、遅いような気がするがのう」
目を細めながら厭味を呟いたのは、ヒラグモだ。末席で、詰まらなそうに椅子に背を預けている。
「嫌なら、去ればいい。そういう所帯だろう、儂らは」
エルドルトがじろりとそれを見下すが、勿論ヒラグモは意に介さない。
「理想は共有しておる。その手段に関して、色々な意見はあってしかるべきじゃ。そんな狭量なことを言うておったら、これから先、真っ先に切られるのはお主になるぞ」
「なっ……!」
「国が大きくなるにせよ、他の国が賛同するにせよ、母数が増えるということは様々な考え方の人間が集まるということじゃ。今までのように、自ら来た者を選別するのとは、わけが違う。その中で、ひとつの純然たる手段のみで理想を追い求めて先鋭化するものは、いつの時代もテロリストと呼ばれる。気を付けい」
ヒラグモの忠告に、エルドルトは怒気を発しながらも言い返すことができなかった。ヒラグモはヒラグモなりに、行く末をしっかり考えていることが伝わったからだ。
「ふん! お主こそ、その手段とやらに拘らなさすぎて、評判を落とすような真似はせんようにのう!」
「お主のような若僧に言われんでも、わしはやるべき時にやるべきことをやる」
歯ぎしりをしてヒラグモを睨みつけているエルドルトを放置して、エニシが会議に参加している、最後の人物へ目を向けた。
「オトハ、これを受けて、僕たちはどうすべきだと思う?」
意見を問われたオトハが、背筋を伸ばし、はきはきと応える。
「やっぱり、まずは国としての整備だと思う。それに、鍵となるなら、私自身の力も、もう少しちゃんと体系的に把握したい。外でどれだけ使えて、どこまで広げられるのか、何人ならいっぺんに出来るのか、まだまだわからないことだらけだから。この国の中で、少しずつ実証実験をしていきたい、というのが本音かな」
エニシとしては、彼女はこの場に参加するほどの実績もないし、エニシの引き立てだけでとやっかみを受けるのも厄介なので、これまでこの会議に参加をさせてこなかった。
だがこれからは違う。彼女の能力はこの国の理想にとって不可欠であり、であるならば、彼女がその能力を存分に使える状況を導けるように、最初からこの会議に参加すべきだ。
「そうだね。じゃあまずは、フレイレに概算を立ててもらおう。ミカドも、よろしく頼むよ」
「結局、いつも通り私たちが地味で地道な作業を担うわけだ」
「まあ、仕方がありませんね」
ふたりが早々に諦め、会議は終了へ向かう。エニシが、まとめに口を開いた。
「それでもいつか、一気に広げられる時機には、地道にとか、整備しながら、とかそうも言ってられないこともあると思う。その時は――」
「覚悟は、してるわ」
オトハが、毅然とエニシの目を見て言った。それに続いて、他の面々も皆、真摯な目でエニシを見つめている。
「ありがとう」
エニシが頷き、会議は終わりを迎え、全員が席を立つ。
その時。
「注進、注進!」
魔術伝令無線が駆け抜け、部屋に緊張が疾る。
「どうしたの?」
エニシが無線に応え、伝令が急き立てられるように言った。
「元、アルフェン総統キム・ド・ジュンが新たに兵を率い、アルフェンに進行中との情報が」
「死んでなかったのか」
ヒラグモの感嘆と共に、全員が苦み走った顔つきになる。
「しかし、その情報がどうしてこちらに?」
「キムは負傷が癒え、世界政府に自分の帰還を宣言すると共に正統性を訴え世界政府の当地からの撤退を要求したそうです。しかしそれを政府が退けたため、この度の侵攻になったとのことで、政府側がこちらに協力を要請してきました」
「政府が、協力を?」
理由の呑み込めないエニシに、伝令が続ける。
「こちらに情報を伝えてきたレオン・バーナービ―と名乗るものによりますと、『自分たちのしたことだろう。生憎、私は君たちにやられた傷で出られない。自治はやってやってるんだから、自分の尻は自分で拭きたまえ』とのことです」
「あの豚を退治して、儂らに何か得があるか、じゃのう」
ヒラグモが呟き、エニシが顎に手を当てる。
「……普通に考えたら、自治をしている世界政府が対応すべき案件だ。それを敢えて、僕らに依頼してきた、ということは、それを通して、僕たちと大っぴらに敵対関係になるつもりはない、というアピールだとも考えられるね」
「向こうとしても、最初から建国に反対した面子がある。それを立ててやる形でこうした小間使いをやることで、無用な戦いを避ける方針かもしれないな」
ミカドがそれを受けて応えると、金色の髪をなびかせた賢者がさらりと続いた。
「レオンとしては、こちらに恩を売ったつもりかもしれないね。世界政府に盾突くのは得策じゃないでしょう、ここらで手を打ちませんか、と手を差し伸べた、的な。まあそうだとしても、今回は受けておいて損はないんじゃないかい?」
「トラルド!」
驚くエニシに片目を瞑りつつ、腕を広げた。
「さあ、留守は任されてあげるから、行っておいで」
微笑み、全員の顔を順に見やり、頷くと、〝小さな魔術師〟内に告げた。
「緊急連絡。アルフェンがキムに攻められているらしい。僕らが解放した土地だ。僕らの手で、守ろう」
一瞬、揺れた空気が、すぐさま引き締まる。
「行こう! すべての人に魔術を!」
国中に、返事が響き渡った。
慌ただしく皆が動き回り、出陣の準備が始まる。一種の高揚感が、国を覆う。この熱狂の中で、この国は進んでいくのだろう。
オトハが、そんな喧騒に包まれた国をぼんやりと眺めている。それに気づいたエニシが、ほくそ笑んで近寄った。
それでも気がつかないオトハの耳に、エニシが囁く。
「ひゃっ!」
驚くオトハに笑いかけ、エニシは会議室を飛び出し、空に立った。
「さあ行こう! 準備はいいかい? 〝小さな魔術師〟の力を、見せつけるんだ!」
――おお!
力強い返事を背に、エニシが先頭で飛んでゆく。それに、仲間たちが整然と続く。
「何て言われたの?」
また、セレナがオトハの隣りに音もなく忍び寄って聞いた。
オトハは、今度は輝くような笑顔で、それに返した。
「戦場で、待ってる、って」
オトハも駆け出し、会議室を跳び出て、列に連なった。
セレナが見送りつつ、準備をする。
理想のために、誰もが共に戦い、共に生きる場所。
〝小さな魔術師〟。
その行進は、未来へと続く。
小さな魔術師 門田真青 @satomi_kukuri
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