第35話 前線では

 次から次へと湧いて出てくる獣……かなりの数だ、流石に疲労感を覚える。

 すっかり日は暮れ辺りは暗い。

 魔石の灯りで辺りは見えるが視界は悪い。

 他の隊士達も疲労が溜まってきているのか動けず座り込んでいる者も多い。

 街に出てきた野獣は全て片付けた。

 残るは森の奥だ。



「エドワード、ロードリック、まだいけるか?」


「「はい」」



 俺とリックは頷く。




「怪我人は二ナスの所へ、まだ余裕がある奴は私と来い!」




 隊長が森へ進む事を決めたようだ。

 あの漂ってくる殺気を感じているのだろう。



 森の奥へ警戒しながらゆっくり進む。

 途中幼獣を何頭か見つけ素早く斬った。

 幼獣と言えども人間より大きく、10日程で成獣になるのだ。




「スーラ隊長!!」




 声のした方を振り返る。

 大怪我をして避難していた隊士達とキャタモール将官が戻ってきた。

 皆怪我が治っている?




「お前達、なぜ……?」




 隊長が不思議そうに皆を見る。




「昨日の奇跡の紅茶ですよ!」

「これでまだまだいけます!」




 ユメコの……?

 ユメコはニホンに帰ったはずだ。

 なのになぜ?



「お前達もこれを飲め」



 将官から渡された紅茶に口をつける。

 間違いない、間違うはずがない、ユメコの淹れた紅茶だ。

 それに……まるでいれたてのような香りと温かさだ。

 なぜ?



「将官、この紅茶は……」



 尋ねようとしたその時、地面が揺れた。

 低い獣の唸り声が雷のように響いてくる。

 ゆっくりと近づいてくる黒い気配。

 敵意むき出しの殺気を全身で受ける。

 姿を見せたそれはいつも討伐している獣の倍の大きさ。

 牙をむき出し、狂った形相でこちらを睨みつけ戦闘態勢に入っている。



「でかい……」



 緊張が走る。

 皆が一斉に剣を握りしめた。

 張りつめた空気の中、獣の目が一瞬光る。

 狙いを定めた隊士の元にその巨体が一気に向かって行った。



「うあああ!!」



 怯んだ隊士の前にキャタモール将官が立ちはだかり、鋭い爪を剣で受けると同時に弾き飛ばされた。



「「将官!」」



 飛ばされた身体が巨木に当たる。

 将官に駆け寄る隊士達。




「エディ、これはヤバいな……」



 リックが珍しく弱音を吐いている。



「エディ?」



 俺はというと再び腹が立ってきていた。

 この害獣によりユメコとの時間も邪魔され、リックの見合いも台無しになった。

 そして今ユメコの紅茶の疑問が解けぬままの状態にある。

 早く終わらせて真相が知りたい。

 今さっき飲んだ紅茶はなぜ温かい?

 ティールームからここまでは距離があるのに。

 それにユメコは帰ったはずでは?

 解けない疑問にイライラが頂点に達した。

 こんなに自分が短気だとは思わなかったがもうセーブ出来ない。



「斬る」



 剣を構えると風が強く吹いた。

 集中すると風が集まってくる。

 子供の頃からいつもそうだった。

 この風に身を任せ、一気に走って獣に向かっていく。

 奴も殺気に気づいたのだろう、すぐさま俺の方に向きを変えて立ち上がり声を荒らげる。

『怯めば負ける……』

 迷ってはいけない。

 振り落としてくる腕を横に飛び上がり避け、地に着いたその腕を即座に斬る。

 獣の叫び声が上がり、反対の腕で俺を狙おうとするが、リックによってその腕は斬り落とされた。

 獣は苦痛の声をあげる。

 その隙に獣の身体に飛び乗りながら頭を狙う。

 剣を振り落とせば獣は地に倒れ動かなくなった。

 隊士達から歓喜の声があがる。



「ヤバいんじゃなかったのか、リック」

「お前の人外の方がヤバいわ」



 これで終わりだろう。

 殺気はもう感じられない。

 やっと謎解きができる……



「エドワード、ロードリック、よくやった。なあ、エドワードお前もしかして……」

「将官、その紅茶はどこで?」



 労いの言葉なんていらなかった。

 とにかく早く真実を知りたい。



「ん?ああ、これはユメコさんにいれてもらった。今二ナスの所にいる」



「え?二ナス?」



 リックがありえないといった顔をしている。



 全身がザワついた。

 二ナスの所?どういう事だ?



「エドワード!」

「エディ!」



 2人の声を無視し二ナスの所へ向かって駆け出した。

 じっとなんてしていられない。

 もしかしてユメコは……

 その姿を見るまでは信じられない。

 しかしどうしても考えてしまう。

 彼女がこの世界に留まると決めた……?

 避難所へ到着し、上がる息を整えながら地下へと降りる。

 多くの人の中に横たわる彼女を見つけた。

 間違いない、ユメコだ。

 急いで駆け寄りその姿を近くで確認する。



「ユメコ……」



 眠っているのか?

 怪我はなさそうだが……

 彼女に触れて確かめたかったが自分が酷く汚れている事で躊躇ってしまう。




「おそらく眠っているだけだよ」



「二ナス……」



 顔を上げると微笑む二ナスがそこにいた。



「そうか……」



 ほっとした。

 二ナスには医療の知識がある。

 彼がそう言うなら大丈夫なんだろう。



 ユメコの寝顔をじっと見つめる。

 可愛らしい……

 寝顔を見るのは初めてだ。

 触れたい衝動を抑えきれずその艶やかな黒髪にそっと触れる。



「ユメコ……」



 彼女への愛しさで胸がいっぱいになった。

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