第34話 紅茶の力
『急がなきゃ!早く!早く!』
石畳の道を必死に走る。
苦しくて何度も立ち止まりそうになるけどそれを堪えてひたすら走る……
エドワード様……
あれ?
何かデジャブした……?
来る途中に倒れていた怪我人は治療できた。
人も馬車も見えなくなった。
きっとこの先にエドワード様が……
その時、地響きのような何かの唸り声が聞こえてきた。
1つではない、たくさんの唸り声が重なって聞こえる。
ザワっと全身に鳥肌が立ち、思わず立ち止まってしまった。
「この声は……」
きっとこの唸り声の主がエドワード様達が討伐している害獣。
辺りを見渡しながら声のする方へ向かって歩く。
少し行くと見るからに酷い景色が広がっていた。
建物は倒壊し、至る所にたくさんの血溜まりが広がっている。
獣の匂いだろうか、それとも血の匂いなのだろうか、とても生臭い嫌な匂いがたち込めた。
気づけば身体が小刻みに震えている。
それでも恐る恐る進むと道を埋め尽くす程のたくさんの獣の死体が。
息がとまる。
あまりの恐怖で思考が停止し、ガタガタと震える身体は己でどうする事も出来ず、ただただその場に立ちすくむ。
獣の大声が雷のように響いてくる。
もし近くに来たらどうしよう。
ゾッとした。
どうしよう、怖い……怖い、怖い!!
「ここで何を!?」
「ひゃあぁっ!」
背後から声をかけられた。
驚きすぎて飛び上がり、その場にへたり込む。
情けない声が出てしまった……
「だ、大丈夫ですか?」
駆け寄ってくる男の人。
「怪我はありませんか?ここは危険ですから、こちらに……立てますか?」
手を差し出してくれる男性。
「あ、ありが、とうござ……い、ます……」
驚きすぎてうまく話せない。
差し出された手を掴もうとし、まだ手が震えている事に気づく。
「驚かせてしまいましたね、すみません」
なんとか手を掴んで力を込める。
立ち上がれるかな……
「この辺りは全て討伐し終えたんですが、この先はまだなんです」
「討……伐……」
グイッと引っ張ってもらい、なんとか立ち上がる事が出来た。
ふらつくけど大丈夫だ。
「私は王宮の近衛騎士、二ナスといいます。逃げ遅れたのですか?今までどこに?」
「え、と……」
ホントの事言うと頭おかしい奴だと思われるよね、どうしよ……
てか近衛騎士の方ならエドワード様と同僚……思い切ってエドワード様のこと聞いてみようかな。
「ああ、すみません、まだ震えていらっしゃる。とりあえずはこちらへ」
私が恐怖でうまく話せなくなってると思ったらしい。
うん、そういう事にしておいてもらおう。
二ナスさんが案内してくれた所は地下へ続く広い食堂のような場所。
そこには老若男女問わず多くの人がいた。
それと騎士の人達だろうか、剣を傍に置き横たわる男性が多数いる。
「今安全と言える所がここしかなくて……怪我人や逃げ遅れた人達の収容所にしてるんです。それと……」
チラ、と奥の方を見る。
横たわる人達に大きな布がかけられている。
その周りで泣いている人もいる。
ああ、そうか。
きっと亡くなられた人達。
獣に襲われどれだけ怖い思いをしたんだろう。
痛かっただろう、無念だっただろう……
残された家族や恋人、友人はどれだけ辛い思いをするんだろう。
そんな事を考えると涙が出てきた。
胸が締め付けられた。
必死に涙を止めようとするがとめどなく流れてくる。
手でぬぐっても止まらない。
泣いて悲しんでいいのは私なんかじゃない、それを許されるのは残された人達なのに。
涙を飲み込むように固く目を閉じ、震える手を合わせ黙祷した。
「二ナス、二ナス!」
聞き覚えのある声がして振り返る。
「二ナ……ユメコさん?!なぜここに?!本当にユメコさんかい?!」
がしっと両肩を捕まれる。
声の主はキャタモール様だった。
「ユメコさん!お願いです、紅茶を!あの紅茶を淹れて下さい!」
「紅、茶……」
紅茶……
「ユメコさん?!」
はっと我に返る。
恐怖と悲しみで頭がいっぱいになっていた。
「キャタモール様……」
落ち着け私、ここに来た目的を忘れてはいけない。
震え、止まれ、止まれ、止まれ……
深く息を吸ってゆっくりと吐き出してからキャタモール様を見上げる。
「ユメコさん、大丈夫ですか?」
「すみません……ちょっと、驚いただけです」
うん、もう大丈夫。
震えもおさまったみたい。
「二ナスに、貴女の所へ出向いて紅茶を持ってきてもらおうと思ったんです。勝手なお願いなんですが……」
「いいえ、お役に立ちたくてここまで来たんです。私に出来ることをさせて下さい」
真剣な眼差しのキャタモール様。
「前線にいる隊士達に紅茶をお願いします。ここにいる怪我人にも」
「はい」
強く返事をする。
前線に私は行けない。
正直に行く勇気がないし行ったとしても足でまといになるだけだろう。
だったら紅茶をいれて持っていってもらうのがいい。
それに……ここで避難している人達皆にも飲んでもらおう。
暖かいものを飲めば少しは落ち着けるかもしれない、元気が出るかもしれない。
その香りで癒してくれる紅茶自体が魔法の飲み物のようなものなのだから。
「紅茶?もしかしてあの奇跡の紅茶ですか!?」
そう言う二ナスさんの目が期待に満ちている。
チラと私を見たキャタモール様はちょっと気まずそうだ。
流石にもう隠すつもりはない。
「二ナスさんも飲んでくださいね」
微笑んで答えた。
二ナスさん、キャタモール様と一緒に茶葉やポットを探す。
幸いここはレストランのようですぐに見つかり早速紅茶をいれる。
この紅茶が傷ついた身体と心の癒しになりますように……
出来るだけの気持ちを込める。
うん、やっぱりこうやって紅茶を作りながらの方がずっと気持ちを込めやすい。
飲んでくれる人が元気になるように、笑顔になれるようにそんな事を想いながら大切に作った。
「これを」
作った紅茶を、見つけた水筒のようなものに入れキャタモール様に手渡す。
「ありがとうユメコさん」
キャタモール様を見送り再び紅茶をいれる。
二ナスさんに手伝ってもらい、まずは怪我した隊士の人達に飲んでもらった。
「ああ、ありがとう」
「実は昨日も飲ませてもらったんだ」
「お嬢さんが作ったものだったんですね」
「とても美味しいよ」
「奇跡の紅茶だ」
隊士の人達から色んな言葉を頂いた。
皆怪我が治り、再び討伐に向かうと言って出ていった。
「どうか気をつけて……」
隊士の人達に紅茶を飲ませてる間、避難している人達の視線が気になって仕方なかった。
「あの……良ければ飲んでください」
勇気を出して怪我をして避難している人達にも声をかける。
1人が飲んで傷が治ると『私にも』『俺にも』と次々と声があがり集まってきてくれる。
飲んでいる人達の顔を見ると少し表情が柔らかくなっているのがよくわかった。
ああ良かった。
私きっと頑張ったよね。
出来るだけの事はしたはず。
少しほっとしたら唐突に疲労が押し寄せてきた。
コレはヤバいやつだ。
倒れるのだけは恥ずかしいし情けないから何としても阻止しよう。
てかこの紅茶飲めばいいじゃん、自分回復すればいいじゃないか!
意識が朦朧とする中なんとか1口飲んだ。
あ、ものすごく紅茶久々に飲んだ気がする……美味しいけど、やっぱりジュリーのアールグレイには、かなわない……な……眠くて眠くて限界に達した。
座り込んでそのまま横になる。
ぶっ倒れたわけじゃないからまあ、いいだろう。
「ユメコさん!」
すいません、もうここでこのまま寝かせて下さい。
ちょっと、疲れました……
二ナスさんの呼ぶ声が聞こえたが『心配いらないですよ』との返答は出来ず、そのまま意識は遠のいてしまった。
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