第30話 騎士の瞳
身体が小刻みに震える。
持っていたナイフとフォークを落としてしまった。
熊の3倍くらいありそうな黒い大きな動物が……目は黄色に光り、その大きな尖った牙と鋭い爪で人を襲っている。
辺りは血が飛び交い人々は叫び逃げ回る……
「夢子!夢子!」
軽く揺さぶられて我に返る。
血相を変えたエドワード様。
「大丈夫か?どうしたんだ?」
「あ……」
「顔色が悪い。夢子、横になった方がいい」
「いえ……大丈夫です」
落ち着いてきた。
呼吸を整える。
なんでこんな時に予見の力発動する?恨むぞ火の精霊王……
しかし震えは止まらない、今のはいったい……
「エドワード様……」
話さなきゃ。
心配そうな顔をしてくれている。
料理人さん達も心配そうにこちらを見ている。
震えは治まった。
しっかりしなくては。
「聞いて下さい。多分、火の精霊王からのメッセージです……」
「火の精霊王……」
今見たものを話した。
大きな動物に人が襲われ逃げ回る様を。
「夢子、恐らくそれは……」
信じてもらえただろうか……
「いつも俺達が西の森に入り討伐している害獣だ。黒い巨体に黄色い瞳、爪と牙が鋭く人を襲い喰らう……」
「え……」
エドワード様達って、いつもあんなのと戦ってるの?
どうやって討伐するわけ?
「実は……今回の討伐で何かおかしいと思ったんだ」
「おかしい?」
「ああ、いつもより数が多かった。あんなに相手にしてのは初めてだったし、それに……」
「それに?」
「森の奥からの気配がなくならなくて、まるで次から次へと湧いているような……」
「次から次へと……」
あんなのが湯水の如く?
「野獣が出てこなくなって落ち着いてはいたが……更に奥に進もうかと思ったが隊長に止められてしまった」
そりゃ止めますよね。
てかエドワード様って、とてもお強い……?
「もしかしたらまた増えているのかもしれない。明日にでも隊長と相談してみるよ。夢子、ありがとう」
「いえ、お役にたててるのかよくわかりませんが……」
その時だった。
「夢子!」
「エドワード!」
ジュリーとボールトン様が同時にお店に入ってくる。
ものすごく焦っている様子だ。
「夢子、今すぐ帰れ!」
「はい?」
「エドワード、すぐに出るぞ!急げ!野獣が街に出てきている!」
はっとエドワード様と目を合わせた。
エドワード様と共に立ち上がる。
もしかして今見た予見が……
「夢子、しばらくはこちらに来てはいけないよ」
「え?」
「俺は……行かなければ。落ち着いたら、また一緒に」
身体が浮いた。
エドワード様に引き寄せられ、気づけば彼の腕の中に。
苦しいくらいに強く抱きしめられた。
何が起きたかわからず頭が真っ白になる。
エドワード様の鼓動が聞こえてきた。
「ん……エドワード様?」
さらに強く抱きしめられ、その後そっと身体を離される。
熱のある優しい瞳でじっと見つめられ頬に手を置かれた。
ドキンと心臓が高鳴り胸が熱く苦しくなる。
「夢子、今日はありがとう。もう一度言う、とても綺麗だよ」
そう言うと1度目をつぶり……一呼吸置いてから開かれた瞳は私を見ることなく、踵を返しお店から出ていった。
その瞳は1度も見たことの無い鋭いものだった。
エドワード様の、もうひとつの姿。
間違いなく騎士の瞳だった。
「エドワード!」
ボールトン様が慌ててエドワード様を追いかける。
同時に何か警告するような甲高い音が聞こえた。
非常用のサイレンだろうか。
外の音が聞こえる事は今まであったが、こんなにはっきりと聞こえた事はない。
それだけ大きな音なのだろう。
「夢子、俺とここにいる料理人さん達は地下にシェルターがあるからそこにこもる。もうすぐこの辺りも危険になるだろうからお前は早く帰れ!」
こっちです、とジュリーが料理人さん達を案内する。
シェルター……そんなのお店にあったのか。
知らんかったよ……
じっとドアを見つめた。
妙に落ち着いている自分に驚く。
今私に出来ることは……
考える。
たくさんあるじゃないか。
そっと胸元に手を置く。
精霊王からのネックレスに触れた。
「夢子、早く帰れ」
地下から戻ったジュリーが慌てて駆け寄ってきた。
「ジュリー、私帰らない」
「お前何言って……」
「私にしかできない事がある」
「夢子、それは今じゃなくても……」
「今しか出来ない事もある」
ドアに手をかける。
もう迷わない。
「夢子、ダメだ!夢子!今はダメだ!」
ジュリーに腕を捕まれる。
真っ直ぐにジュリーを見た。
「ジュリー、私、この世界で生きていく」
「……」
ジュリーが私を見つめ、諦めたようにゆっくりと手を離した。
開かれた扉の向こうはいつもとは違う景色が広がっていた。
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