第7話 エドワード・ボールトン ~彼女との出会い~
ボールトン家の三男として生まれた俺は周りから、堅い、つまらない、真面目などと言われている。
真面目は良い事だと皆言うが最初だけだ。
親しくなるにつれて真面目過ぎて不快だ、鬱陶しいなどと言われる事もある。
この性格は治らないものだと自分でもわかっているが、時折はめを外したくなる時ももちろんあるのだ。
しかし理性がそれをセーブしてしまう。
上の兄達は法官として城に務めている。
兄達のように法官を目指そうと思う事もあったが、身体を動かす方が自分には合っていた。
剣を握り、一心不乱に訓練に励む方が気分がよかった。
その日は近衛騎士団の訓練から帰って来た日だった。
騎士団に入ると月に一度訓練と称して10日間程野獣退治に西の森へと入る。
野獣は繁殖力が強いので放っておくとどんどん増え、食べるものがなくなり森を出て人を襲ってくる事があるのだ。
その為、定期的に討伐に入る。
それが今の俺の仕事だ。
久々に帰宅すると、父が嬉しそうに話しかけてくる。
「エディ、明日休みだろう?ジュリーの所に行こう」
ジュリー……ああ、ティールームの彼か。
幼い頃から父に連れられてよく行っていたティールーム。
優しい老夫婦が経営していだが2人が亡くなり、ジュリーが跡を継いだんだったか。
「構いませんよ」
「可愛らしいお嬢さんがお手伝いで入ったんだよ。その子はジュリーの姪御さんでなんと招かれ人!」
少し興奮気味に一気に語る父。
「それと、蜂蜜は薬になるんだよエディ、知ってたか?」
「薬ですか?」
蜂蜜が薬になるなんてはじめて聞いた。
「蜂蜜を紅茶に入れると薬の紅茶に早変わり!それを飲みに行こうでないか!」
嬉しそうな父の姿を見て納得した。
甘いものか……父は甘いものが好きだからな。
「俺は蜂蜜はいりません」
「言うと思ったよ、どちらにしろ招かれ人には興味あるだろう?だから明日な」
確かに招かれ人には興味がある。ジュリーの姪御さん、どんな人だろう?
彼に似て軽い感じの人だろうか?
どのみち堅い真面目と言われる俺とはあまり会話は弾まないだろう。
「いらっしゃいませ」
はじめて見た彼女は艶やかな黒髪を髪留めでひとつにまとめ、黒い瞳を輝かせながら仕事をしていた。
「はじめまして、貴女が夢子さんですね、俺はエドワードです。父から聞いた通りだ、とても可愛らしい」
そう言うと彼女は顔を真っ赤にしてしまった。
明らかに恥じらっているのがわかる。
周りにいる令嬢達がこんな顔をするのは見たことが無い。
女性を褒めちぎり、美しいと称える。お互いにそれが当たり前の事になっているのでこんな反応をされると少し困ってしまう。
蜂蜜紅茶を断ると父はいつものように俺を真面目なやつだと紹介する。
「そんな、真面目なのは素晴らしい事だと思います。私も見習わなきゃ」
彼女もやはりそう返答する。
真面目は素晴らしい事だと。
当たり障りのない返事だ。
カウンター席に座り、ゆっくりと紅茶を楽しむ。
紅茶は好きだ。飲むと気持ちも頭もスッと晴れわたる気がするからだ。
父は隣で蜂蜜をたっぷりと入れている。
薬として堂々と甘いものを摂取出来るのが嬉しいらしい。
周りの客も蜂蜜と招かれ人である彼女を目当てで来ているようだ。
ここに夢子さん以外の女性がいたらどう思うだろう?
薬といえど甘いものなのに、とバカにするのだろうか?
夢子さんがカウンターの方に戻ってきた。
「夢子さん、とても美味しく頂いているよ。どうもありがとう」
父が嬉嬉として話しかける。
「それは嬉しいです!蜂蜜の他にも生姜を入れたり、すりおろしリンゴを入れると風邪には効果的なんですよ。」
そう言う彼女はとても生き生きとしている。
この仕事と紅茶がとても好きなのだろう。
リンゴを紅茶に入れるなんて初耳だ。それとショウガ?確か異国の食材だったはず。
「へえ、夢子さんの知識は素晴らしいですな。紅茶が本当にお好きなのだね」
俺も同じことを思う。
こんなにも仕事熱心な女性は今まで出会ったことがない。
だから素直にこう思い言ってしまったのだ。
「俺もそう思います。好きな事を仕事にされて、立派に知識を活かしている。誰しもが出来ることではありません。」
そう言うと彼女の表情が少し堅くなる。
気まずそうな顔をしてしまった。
何か失礼な事を言ってしまったのだろうか?
「いえ、あの……」
俯いてしまう彼女。
少し間を置いて俺の顔を見上げる。
「あの……私はここの従業員ではないのです。ただの手伝いで……」
そう言うとまた俯いてしまう。
「自分の世界では……就職が決まらなくて、仕事がなくて、実家に甘えながら過ごしてます……恥ずかしい話ですが、23にもなって自立出来てないんです」
実家に甘え自立出来ていないと恥じる彼女。
それの何がいけないのだろう?
女性が自分の実家に甘える事のなにが悪いのか。
「紅茶は趣味みたいなもので、知識だけは確かにあります。それを活かしてお仕事出来れば確かに良いのですが……やはり就職となると難しくて」
苦笑いする彼女を見て申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
彼女を不快な気持ちにしたのは明らかだ。
悪意があった訳では無いがだからといって彼女に嫌な思いをさせていい訳では無い。
俺は立ち上がり彼女に頭を下げる。
「すみません、夢子さん……俺の発言のせいで貴女に不快な想いをさせてしまった」
「しかし、俺は……己と向き合い考え、自立しようとする貴女を尊敬する」
彼女もまた、真面目な女性なのだろう。
それも俺とは違い周りに不快を与えない真面目さ。
そして手助けしたくなるような懸命さ。
だからこそ自立を目指す姿勢が美しいと思った。
「あ、あの、その、ああああ頭を上げてください、どうかお願いです」
慌てた様子の彼女。
「不快な思いだなんてとんでもない、逆に色々と気づかされたんです。気にしてなんかいませんから!感謝したいほどですから!」
感謝……そんな風に思ってもらえるなら救われる。
「エドワード様のおかげで、しっかりと自分を見つめ直す事が出来そうです。どうもありがとうございます。なので、どうか頭を上げてください」
困った様な彼女の声。
これ以上困らせるわけにはいかない。
ゆっくりと頭を上げる。
「何かお詫びが出来れば良いのだが……」
少しでも彼女の気持ちが晴れるように。
「お詫びだなんてとんでもない!」
「しかし……」
どうしたものか……
「ああああの、でしたら!」
自分に出来る事なら喜んで何でもしよう。
「私の淹れた紅茶を飲んで頂けますか?」
全く予想外の回答だった。
てっきり宝石やドレスをと言われるものだと思っていた。
彼女は、夢子さんは他の令嬢達とは考え方が全く違うようだ。
■□▪▫■□▫▪
静かに彼女が紅茶を淹れる作業を見つめる。
真剣な眼差しでひとつひとつ丁寧に作業をする彼女。
きっと気持ちを込めているのだろう。
「どうぞ」
そっと優しくティーカップを置いてくれる。
爽やかな華のある香り。
「ありがとう。いい香りだ」
一口飲んで口の中いっぱいに香りが広がる。
スッキリとした味が身体を巡り、澄みきった心地よさで満たされる。
「とても美味しい、お世辞ではなく本当に。スッキリと飲みやすくて……何より貴女の真っ直ぐな気持ちが込もっている」
「よかったです……」
安堵したように微笑む彼女。
その笑顔を見ると何故かホッとした。
「夢子さん、もし良ければ今度リンゴの紅茶も飲ませて頂けますか?」
もっと彼女の淹れた紅茶が飲みたくなった。
「私もぜひ飲んでみたい!」
父が嬉しそうに言う。
「はい!」
彼女もまた嬉しそうに返事をしてくれた。
■□▪▫■□▫▪
「夢子さん、可愛らしいお嬢さんだろう?」
帰りの馬車内で父が言う。
「そうですね……可愛らしいとも思いますが、とても純粋な女性かと」
彼女の淹れた紅茶はとても澄んだ味がした。
「ほう、そうか。」
馬車に揺られながら、また彼女の紅茶を楽しみにしている自分に気づく。
そんな自分に少し驚いたが嫌な気分ではない。
「リンゴの紅茶……」
ん?と父がこちらを見る。
「いえ、なんでもありません」
この淡い気持ちは今は自分だけのものにしておこう。
次に彼女に会える日が待ち遠しい。
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