第6話 一杯の紅茶

 誰かの為に紅茶を淹れる、それってすごく緊張する事なんだな。

 ジュリーにOKをもらい、エドワード様にお茶を準備する。

 ストレートならスッキリと飲めるダージリンが、私としてはオススメなのでこの世界のダージリンらしき茶葉を選ぶ。

 水の魔石、火の魔石、どういう仕組みで動くのか全くわからないけど……水と火に、この世界の人間でない私に使わせてくれてありがとうと、感謝の気持ちを込めた。

 そして美味しくなるよう、飲んでくれる人が、エドワード様が喜んでくれるよう思いを込める。

 緊張でドキドキしながらも、たっぷりの空気を含んだお湯をポットに入れると、茶葉が上へ下へと踊り出す。

 いつもの上下運動がなぜだろう、とてもゆっくり上品に見えた。

 ポットに蓋をして、しばし蒸らして……出来上がり。

 カップに注ぎ、エドワード様の前にそっと置く。



「どうぞ」



「ありがとう。いい香りだ」



 そう言ってそっとカップに口をつけ、1口飲んで私を見る。



「とても美味しい、お世辞ではなく本当に。スッキリと飲みやすくて……何より貴女の真っ直ぐな気持ちがこもっている」



 ふわりと微笑みながらエドワード様は言われた。

 美味しい、と。

 その一言が何よりすごく嬉しい。

 緊張の糸が切れ、泣きそうになるのを必死にこらえた。

 たった1杯の紅茶だけど、気持ちを込める大切さに気付かされる。



「よかったです……」



 その後、エドワード様もボールトン伯爵も帰られ、お客様もぼちぼちと帰られた。

 緊張と安堵と恥ずかしさが混ざり合い、どんな別れ方をしたのか、どんな会話をしたのか、ちゃんとしたティールームのお手伝いが出来たのか……全く覚えていない。



「おつかれさーん」



 はっ!

 呑気なおっさんの声で我に返る。



「夢子さんや、ずいぶん緊張したみたいね」



 からかうように言ってくるジュリー。

 いつもの軽い感じだ。

 何故かそれがホッとする。



「よく覚えていない……」



「そりゃ残念!」



「ねえ、ジュリー、」



 意を決して言ってみる。



「私ここでバイトしたい」



「別に構わんけど……」



「けど?」



「日本円ではバイト代支払えないし、福利厚生ないぞ」



 おっと、そういう話かい!



「バイト……っていうよりはここで修行したいな、って」



「修行?」



「うん、私やっぱり紅茶が好きみたい。飲むのも、飲んでもらえるのも。それと接客って素敵なお仕事だなって。私、人と関わるのは少し苦手だけど……」



 紅茶を飲むお客様の笑顔を見るとなんだか嬉しくなった。

 接客業、もう少し勉強してみたい。



「少しの間ジュリーの下で働かせて欲しいなって。日本で就職活動する時に、きっとこの世界での経験が、強みになるから……」



 じっとジュリーを見つめる。

 ふっと微笑んでジュリーは言った。



「気の済むまで修行しな、夢子。バイト代は別の形で支払ってやる。」



 ニカッと笑ういつものジュリー。



「はい!よろしくお願いします!」



「とりあえずは……制服用意してやるよ、明日店休みだから仕立て屋呼んでおく。だから明日も来いよ」



「はいっ!」



 返事は元気よく!



「あと、すりおろしのアップルティー、出せるように練習しとけよ」



「はい!」



 ……ん?



「はい?」



 今なんつった?

 呆れた、といわんばかりの顔をするジュリー。



「やっぱり耳に入ってなかったか……ボールトン伯爵とエディが次来た時に飲んでみたいって言ったら、『 はい!』って返事してたぞお前」



「んなっ!!」



 記憶がない、記憶がっ!!



「まあそんなわけだからさ、練習しておけよー」



 涙目になりながらもしっかりとジュリーを見る。



「アップルティー……練習してきますっっっ!」



 元気よく返事したその時だった。

 お店の中心が明るく光った。

 丸い光の円が床から現れる。

 何かの絵が描かれた大きな円。

 眩しさのあまり目を開けていられない。

 光が収まりゆっくりと目を開けるとそこには蒼い長い髪のキレイな女の人が立っていた。



「神殿ではない……ここは……」



 そう言ってゆっくり周りを見渡す女性。

 私を見つけるとニコリと微笑んだ。

 全ての者を魅了するような澄んだ微笑み。

 そして彼女はゆっくりと、確かにこう言った。



「私は、そなたに会いに来た」

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